エルトン・ジョンが綴る、伝記映画実現までの果てしない道のり

エルトン・ジョンは映画『ロケットマン』について自らの言葉で綴った。Matt Baron/REX/Shutterstock

エルトン・ジョンは、自身の伝記映画『ロケットマン』上映までの果てしない道のりを自らの言葉で長文の記事に綴った。「映画制作会社によっては、PG-13指定が得られるようセックスとドラッグの描写を抑えてほしい、というところもあった。でも、僕が送ってきた人生はPG-13指定なんかじゃない」とエルトン・ジョンは言う。

映画『ロケットマン』上映までの果てしない道のりをエルトン・ジョンが自らの言葉でつづった長編記事が英ガーディアン紙で公開された。

「別人が自分を演じたり、記憶に残っていることが再びスクリーンで繰り広げられたりするのを観るのはすごく変な気分だ。ましてや、僕みたいにこうしたものを鮮明な夢のように覚えていると、よけい戸惑ってしまう」とジョンは伝記映画について記した。

「それに、映画のように最後に僕が60年前の家族の様子を見て大泣きするというストーリーは、ものすごく長く入り組んでいるんだ。でも当然ながら、僕のストーリーはアソコから火花を散らす裸のトランスジェンダー女性からはじまっている」。

当時のジョンは、モデルおよびパフォーマンス・アーティストのアマンダ・ルポールを高く評価した。ルポールは、ジョンが自身の記事で述べたように、ジョンのラスベガスでの定期公演のために写真家・映画監督のデヴィッド・ラシャペルが手がけた短編映像作品に主演した。この出来事は、ジョンが自分の半生を描いた映画に対して興味を抱くきっかけとなった。「もし、僕を題材にした映画をつくるなら、ルポールみたいな感じがいい」とジョンは記した。

1971年にハル・アシュビー監督の名作『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』で主人公ハロルド役を演じてほしいというオファーを却下した、と書きつづったジョンは、ラシャペルのような監督や、トム・ハーディーやジャスティン・ティンバーレイクなど、ジョンの映画に一時興味を示していた俳優を起用して映画『ロケットマン』を実現しようとした険しい舞台裏について述べた。

「映画制作会社によっては、PG-13指定が得られるようセックスとドラッグの描写を抑えてほしい、というところもあった。でも、僕が送ってきた人生はPG-13指定なんかじゃない」とジョンは記した。「ドラッグとセックスまみれの映画になるのは嫌だったけど、それと同時に70年代と80年代にかけて僕はその両者にかなり溺れていたことはみんな知っている。だから、ライヴが終わると、毎回まっすぐホテルに帰ってホットミルク片手にギデオン協会の聖書とともに夜を過ごしていたことをほのめかすような描写には意味がないと思ったんだ」。

ようやく『ロケットマン』はエルトン・ジョン役にタロン・エガートンを見出した。「映画の主役が決まると、読んでもらうようタロンに日記を渡した」とジョンは述べた。

「タロンが自宅に来てくれて、一緒にテイクアウトのカレーを食べながらおしゃべりをした。タロンに家の中の様子を自由に見てもらった。タロンが「Don’t Let the Sun Go Down on Me」を歌うのを聴いた時、ぴったりの俳優を見つけたと思った。僕の役を演じるなら、口パクじゃなくて実際に歌ってほしかったから。それにアニメ『SING/シング』で「I’m Still Standing」を歌うタロンは最高だったからね」。

ジョンの半生はスクリーンで上映されるだけでなく、自らのキャリアをたどった自叙伝「Me」が今年の10月に刊行される(日本での出版は未定)。

Translated by Shoko Natori

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