ドレスコーズ・志磨遼平の創作論「罪深い人の罪深い作品に僕らは共感する」

志磨遼平(ドレスコーズ)(Courtesy of キングレコード)



僕らの今の音楽を残す

―『ジャズ』というアルバム・タイトルが決まって、サウンド的なアプローチもジャズっぽくしていこうという流れだったんですか?


いや、タイトルは後付けだったんですよ。サウンドとしてはむしろジプシー音楽が今回の核で、それでアルバムを一枚作ろうっていうのが最初にあったんです。ただ、レコーディングが始まってもタイトルがなかなか決まらなくて、ほとんど録り終えた頃に「あぁ、ジャズって言ってしまうのは面白いかもな」と思って、名付けました。

―確かに今作は音的には今で言うとBeirutが近く、ジプシー音楽の要素が強いですね。志磨さんの中にジプシー音楽の引き出しはいつぐらいからあったんですか?

いや、去年か一昨年ぐらいからですよ(笑)。モグリです。不思議なもので自分たちはその血を引いているわけではないんだけれど、何故か郷愁を感じるような、懐かしさであったり、何か知っているようなメロディみたいな感じがジプシー音楽にはある。それと、クストリッツァの映画を初めて観たのが3、4年前で、すごく好きになって全作品観たんです。で、クストリッツァって音楽も自分でやるじゃないですか。その音楽も良いなと思っていて。クストリッツアのバンド、ノー・スモーキング・オーケストラの来日公演が一昨年ぐらいにあったんですよ。それを観に行ったのが決定的で、「あ、これは僕もやりたい」と思って。そこからそういうジプシーブラスの中で有名な人たちの音源をいろいろ探して聴いたりして。でもそれをまんまじゃなくて現代的にやりたいのよね、って友達とかに言っていたら、「Beirutが近いんじゃない?」って言われたんですけど、僕、Beirutも知らなくて。で、聴いたら「まさにこれですよ!」っていう(笑)。

―やはり、“現代的に”っていうところに大きな意味がある?

ありますね。自分としては「昔の音楽」に聴こえてはダメだなっていうのがありました。僕らの今の音楽を残すっていうつもりなので。人類が滅びた後、遠い未来の考古学者みたいな人がこの音楽を発見して、「ほぉー、21世紀の旧人類は普段こういう音楽を聴いていたのか」って。だから、最初に言ってもらったように、残ることが大事なんです、この音楽は。

―なんだかシニカルですね。

僕らは自分たちの衰退になんとなく気づいていて、滅びることをなんとなく受け入れていて、「いやだー!」とか「この世もおしまいだ」とか抵抗することもなく、日々穏やかに割と楽しく暮らしている。何かそういうものを記録として残しておきたいっていうイメージですかね。

―そういう感じを一瞬の音や声や言葉で表現してるのが凄いなぁと。例えば、「チルってる」いう曲のタイトル。「チルしてる」状態のチルと、人類が終わる「散る」がWミーニングになっている。チルっている状態が、実は散るっていうものに重なっていく様がすごいハッとさせられましたが、こういう言葉はどこから思いつくんですか?

日々、おもしろいワードをメモってるんですよ(笑)

―よっぽど引きこもってるんですね(笑)!

でも意外と人と喋ったりしてる時に出くわすんです。で、おもしろいなと思ったら喋ってる途中でもメモします。例えばアルバム『バンド・デシネ』に入っている「ゴッホ」という曲の“ゴッホじゃやなんだ”というフレーズは友達と喋っている時にポロッと口から出たんですよね。よくあるじゃないですか、バンドマン同士で喋ってると売れる・売れないみたいな話。どっちが正しいの?っていうやつですね。バカ売れするダサいバンドになるか、全然売れないけどすごく作品性は高いバンドになるか、みたいな。「でもさあ、死んでから評価されるとか、ゴッホみたいなのやでしょ」みたいな会話になって、その「ゴッホはやだよ」って言葉が妙に自分でウケちゃって(笑)。「ゴッホじゃやなんだ」って携帯に書いて。そういう感じですよ。

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