2000年代の米文学界最大のスキャンダル、J.T.リロイ騒動の真実

アメリカで4月26日に劇場公開された映画『J.T. LeRoy(原題)』でローラ・アルバート役を演じるローラ・ダーン(左)と、サバンナ・クヌープ役のクリステン・スチュワート(Photo by Allen Fraser/Universal Pictures)

1999年に出版されたデビュー小説『サラ、神に背いた少年』がアメリカで大ヒット。マドンナやコートニー・ラブらも支持した作家が、J.T.リロイだ。実はJ.T.リロイは、サバンナ・クヌープという女性の義理の姉ローラ・アルバートが生み出した架空の男性だった。人前に出る機会あればサバンナが変装してリロイを演じたのである。その後、6年間もクヌープは架空の作家「J.T.リロイ」になりすました。

リロイは文壇の新星としてもてはやされ、コートニー・ラヴやウィノナ・ライダーといったセレブリティは彼の才能を褒めちぎり、彼の作品の朗読会を主宰した。表に出たがらない人物という触れ込みで、公の場に出るときは必ずボサボサのブロンドのかつらとマスク、黒いサングラス姿という事実が、余計にメディアの好奇心をかきたてた。

ジャスティン・ケリーが監督し、クヌープも共同脚本で参加している映画『J.T. LeRoy(原題)』は、クヌープが2007年に出版した回顧録『Girl Boy Girl(原題)』をベースにしている。もっともクヌープ本人が言うには、完全な自伝ではないそうだ。「私や私の経験、私の人生と映画の間には隔たりがある」とローリングストーン誌に語るクヌープは、いまではJ.T.を「彼ら」と呼んでいる。とはいえ、映画ではJ.T.リロイ伝説を実際の時間軸に沿って忠実に描いている。21世紀最大の文壇界のスキャンダルをでっちあげた2人の女性の苦悩を振り返り――その過程で、アイデンティティとは何か、自分らしさとは何か、そしてイメージに取りつかれたソーシャルメディア時代に「本物」のアーティストであることの意味を問いかける。ローリングストーン誌は映画の公開前にクヌープにインタビューし、今日まで続くJ.T.リロイ神話を紐解きながら、実際に起きた奇妙なドラマを伺った。



・J.T.リロイという人物はローラ・アルバートが自殺ホットラインに電話をしたのがきっかけで誕生した。

映画によれば、アルバートがJ.T.リロイという人物を生んだのは、詐欺によくあるお金や名声目当てではなかった。アルバートは虐待にまみれたトラブル続きの過去を抱えていて、グループホームに住んでいた。映画の中のアルバートは、幼少期のトラウマの対処法として、夜中に抜け出して自殺ホットラインに電話をしていた、と振り返る。「どうしても自分でいることができなくてね。想像の人物を作り上げたの。たいていは男の子よ」と、ダーン演じるアルバートは映画の中で回想する。「うまくいかないものもあった。でもJ.T.はずっと呼びかけていた」。これは現実でも、アルバートが有名人との会話の中で繰り返し持ち出していた話題だ。そのうちの1人、小説家のデニス・クーパー氏はヴァニティ・フェア誌とのインタビューで、夜中にしょっちゅうJ.T.から切羽詰まった電話がかかってきて、自殺すると脅したり、薬を過剰摂取したから病院で胃洗浄を受けていると言われた、と語っている。

・J.T.リロイは、ウィノナ・ライダーやトム・ウェイツ、コートニー・ラブ(映画ではカメオ出演している)といった有名人をペテンにかけた。

J.T.リロイ騒動で特筆すべき点のひとつは、アルバートが有名人のファンの発掘にいかに長けていたかという点だ。ウィノナ・ライダーしかり、ルー・リードしかり、ビリー・コーガンしかり。その中でも有名なのがコートニー・ラブで、彼女は映画にも出演している。ただし本人役ではなく、J.T.をハリウッドの自宅に招くプロデューサー役。クヌープいわく、彼らはJ.T.として知り合ったセレブリティたちとは個人的面識はなく、もっぱらアルバートが電話で話していたという。J.T.リロイの正体が暴露されてからは、セレブの多くがひどく傷つき、裏切られたような気分になった。だがクヌープがラブに映画出演を打診すると、ラブは即答でOKしてくれた。映画の撮影現場で会ったとき、クヌープが言うには、「彼女のリアクションはまるで『あなたのこと知ってるわよ!』って感じだった」そうだ。クヌープいわく、ラブの存在は詐欺に関わった中で素晴らしい贈り物だという。「コートニーに出演してもらえたことで、奇妙な出来事がようやく一段落ついて着地したという感じ。この騒動にはあまりにもたくさんのことがあったから」とクヌープ。


当時J.T.リロイの作品のファンで、映画にもカメオ出演しているコートニー・ラブ。

Translated by Akiko Kato

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