2000年代の米文学界最大のスキャンダル、J.T.リロイ騒動の真実

・クヌープは“J.T.リロイ”として、リロイの小説の映画版で監督を務めたアーシア・アルジェントと恋仲になる。

J.T.リロイを崇拝していた有名人の中には、イタリア人の女優兼監督のアーシア・アルジェントもいた。彼女は映画版『サラ、いつわりの祈り』(評価はことごとく低かった)で主演、監督を務めた。今回の映画では、アルジェントはエヴァ(ダイアン・クルーガー)という架空の人物に置き換わっている。リロイの作品の版権を狙っている、グラマーな外国人女優という設定だ(なぜアルジェントの役柄を架空の人物にしたのかという問いに対し、クヌープの答えは「映画では、アーシアとJ.T.リロイの関係をアーシアの視点から語りたくなかったの」)。

映画の中で、エヴァと(「J.T.」のふりをした)クヌープは恋心を募らせ、最終的に一夜を共にする。クヌープが本気でエヴァを好きになっていく一方、エヴァがJ.T.作品の版権目当てでクヌープに接近していること、またクヌープもある意味で、エヴァを利用して映画の製作過程で発言権を得ようとしていることが暗示される。実際には、クヌープがJ.T.リロイになりきっていた時期、クヌープとアルジェントが性的関係を持ったことはない(これまた複雑な、そして面倒なことに、MeToo運動の中心的指導者でもあるアルジェントは昨年、ジミー・ベネット氏から性的虐待で訴えられ、和解に応じた。ベネット氏は彼女の映画で若きJ.T.リロイを演じた俳優で、彼が17歳の時に性的関係を持ったと主張していた)。

アルジェントはJ.T.が詐欺だとわかったあと相当腹を立てたらしく、クヌープによれば2人はあれから一言も口をきいていないという。「アーシアとは通じ合うものを感じた。真に心が通い合っていた。それもあって、2人の仲を中心に物語が展開していったんだと思う。本物の友情、真の心の触れ合いだと感じていた。あの時は『私は自分じゃない他人を演じている。あなたは私を見ているの? それとも私の中に別の誰かを投影しているの? それとも、私たちは2人の人間として心を通い合わせているの?』という感じだった」とクヌープ。

・ローラ・アルバートは映画を気に入っていない。

映画の中のクヌープとアルバートは、初めの頃こそ仲が良かったものの、最終的にはJ.T.として注目を集めるクヌープにアルバートが嫉妬し、とりわけJ.T.とエヴァの関係に猛反対する。映画のエピローグは、リロイの正体がニューヨーク・タイムズ紙で「暴露」されたあと、二人の関係が冷え込んだことをにおわせる。現実でも、アルバートはクヌープに敵意を抱いているようだ。つい先日、アルバートはTwitterでクヌープと映画をこき下ろし、「作家のふりをしたからって、作家になったわけじゃないんだからね!」と書いた。アルバートが映画に立腹している理由を尋ねると、クヌープはコメントを控えた。だがもしかすると、アルバートが問題にしているのは『J.T. LeRoy』が時に彼女を、クヌープを裏で操ってJ.T.のふりをさせた巧妙な詐欺師として描いているからではないだろうか。公平を期して言うと、クヌープもこの人物描写には異を唱えており、アルバートの策略でクヌープが何も知らずに駒を演じていたとするのは正しくないと言った。

・誰もがあの騒動を受け入れたわけではないものの、もしこれが今の時代に起きていたら、世間の受け止め方も違っていたかもしれない。

映画『J.T. LeRoy』でもっとも衝撃なのは、映画全編を通して、登場人物の大半がプロデューサー、カメラマン、ジャーナリストにいたるまで、詐欺の正当性に疑問を呈していることだ。だが、2人の話は明らかに穴だらけだったにもかかわらず、クヌープとアルバートは少なくとも6年間、隠し通した。最終的に2人のたくらみが暴露したとき、それまでJ.T.を支持していた人々の多くが牙をむき、アルバートはJ.T.リロイ名義で契約を結んだとして詐欺で訴えられた(訴訟は裁判になることなく、和解が成立した)。クヌープも、今ならJ.T.リロイの物語に対する反応も違っていただろうと言う。「あの時とは文化的背景が全然違う」と本人。

「インターネットやソーシャルメディアのせいで、人々は言ってみればいくつもの顔を持ち、いろんなやり方で他人になりすますことができるようになった」。自分の語り部をでっちあげ、まったく別人になるというのも「いまの時代では当たり前になってきている」と言う。結局のところ、それこそがクヌープの物語が――そして映画『J.T. LeRoy』が――問いかける、もっとも興味深い問題だろう。誰もが好きなときにいつでも他人になれる時代、本当のところ誰が誰を騙しているのだろうか?と。


サバンナ・クヌープ(Photo by  Stewart Cook/REX/Shutterstock)

Translated by Akiko Kato

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