『ゲット・アウト』の監督が教える「悪夢」のつくりかた

ローリングストーンUS版1324号で表紙を飾ったジョーダン・ピール。(Photo by Frank Ockenfels 3 for Rolling Stone )

「ハリウッドを震撼させるにはどうすればいいかって? 観客を死ぬほど怖がらせればいいのさ」。『ゲット・アウト』でその名を轟かせた映画監督、ジョーダン・ピールが語る、どこまでもシンプルな戦略とは?

ユニバーサル・スタジオでの思い出

いつも通り、ジョーダン・ピールは事前に立てた計画に沿って行動していた。「行き先はホグワーツさ、バタービールで乾杯するんだ。ハリー・ポッターのあのアトラクションは最高だよ」。彼は意気揚々と話す。新作の編集作業、急成長を続ける制作会社の運営、そしておしゃべりが大好きな生後17カ月の男の子の世話まで、彼はやるべきことを山のように抱えているが、昨年12月上旬の月曜の午後、西海岸の絵に描いたような陽気に誘われ、ピールは数時間だけ息抜きに出かけたのだった。

アシスタントに運転させてやってきたのは、彼がこよなく愛するユニバーサル・スタジオ・ハリウッドだ。全米を震撼させ、オスカーを受賞した2017年の初監督作品『ゲット・アウト』、そして彼が脚本と監督を担当した身も凍るようなホラー映画『Us(原題)』(全米では3月22日に公開された)が共にユニバーサル・ピクチャーズ配給であることを考えれば、その行動は滑稽に思えるかもしれない。「今日は魔法の杖をオーダーメイドしようかな」。VIPエスコートに案内されながら、ピールは満面の笑みを浮かべていた。



彼はワールドクラス(あるいは全宇宙クラス)のポップカルチャーオタクだ。「彼は筋金入りのオタクよ」。『Us』の主要キャラクターを演じるにあたって、ホラー映画について集中講義を受けたというルピタ・ニョンゴはそう話す。「彼ほど勤勉な人には会ったことがないわ。生涯を通じて学び続けている、彼はそういう人なの」。また彼はかつて「世界一のマリファナ愛好家」を自負していたが、結婚して2年になるコメディアンのチェルシー・ペレッティと付き合い始めた頃から、その唯一の嗜好品を絶っている。そういったことを考慮すれば、彼が機会を見つけては息抜きに出かけるのは仕方がないだろう。

 「子どもの頃、こういうのに夢中だったんだ」。そう話す彼が向かったのは、ホグワーツで魔法を学ぶ子どもたちのお出かけスポットであり、丸石を埋め込んだ石畳の道が印象的なホグズミード村を再現したエリアだ。「ここに来ると童心に帰れるんだよ」。ニューヨークのアッパーウエストサイドでオフィスマネージャーとして勤めていた彼の母親には、女手ひとつで育てる息子をディズニーランドに連れて行くだけの経済的余裕はなかったが、彼が12歳の頃に職場のイベントでユニバーサル・オーランド・リゾートを訪れることになり、2人はそこで数日間を過ごした。映画に夢中だったピールにとって、それは初めて触れる本格的なショービズの世界だった。ブルース・ブラザーズに扮した2人組が現れて「シェイク・ユア・テイルフェザー」を歌ったことさえも、彼にとってはエキサイティングな経験だったという。

黒人の若者の観点が共感を呼んだ『ゲット・アウト』は、全米規模で人種差別に対する議論を活性化させただけでなく、精神のくぼみという恐るべきリンボをもって、アメリカのカルチャーをメタファーやミーム、そして悪夢として描き出した。500万ドル以下で製作された同作の興行収入は全世界で2億5000万ドルを超え、ピールは業界で最も注目を集める監督の1人となった。優れたエンターテイメント作品でありながら、数々のオプ・エド記事やNPRでのシリアスな対談を生んだ同作は、あらゆる層の支持を集めることに成功した。またSF/スリラーらしいおぞましさを用いながら、同作は何世紀にも渡って続く悪の風習を目に見えない形で描き出した。監督本人による解説という場で、ピールは初めてその点について言及している。



アカデミー賞で作品賞の受賞こそ逃したものの(同作は脚本賞を受賞し、ピールは同賞を獲得した初のアフリカ系アメリカ人となった)、『ゲット・アウト』が収めた成功は破格だった。それでもなお、ピールは次のように語っている。「僕はホラー映画オタクだから、『ゲット・アウト』の括られ方には少しがっかりしたんだ。ホラー映画を撮るつもりだったけど、出来上がったのは少し違うものだったからさ」。事実、同作は『ステップフォワード・ワイフ』や『ローズマリーの赤ちゃん』のような、洗練されたソーシャル・スリラーに近い。「ホラー映画好きとして、その分野に貢献するものを作りたかったんだ」

Translated by Masaaki Yoshida

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