渡辺志保×DJ YANATAKE「2019年最注目のラッパー、ブルーフェイスの魅力」

Y:そういえば、今年のグラミーはどうだった?

S:グラミーはやはり女性へのスポットライトが目立ったかな。個人的には、ニューヨーク出身の三児の母でもあるシンガー、アリシア・キーズが司会をした点、そしてオープニングから、レディー・ガガ、ジェイダ・ピンケット・スミス、ジェニファー・ロペス、さらにはミシェル・オバマが登場したところがハイライトでしたね。ただ、全体的に去年より盛り上がりに欠けたのかなとは思います。

Y:でも、主要部門のうち二つ(レコード・オブ・ザ・イヤー/ソング・オブ・ザ・イヤー)をチャイルディッシュ・ガンビーノの「This Is America」が受賞したという結果もあったよね。これらは、あれだけケンドリック・ラマーやジェイ・Zですらも取れないと言っていたカテゴリーで。最優秀レコード・オブ・ジ・イヤーを獲得したヒップホップ・アーティストはこれが初めて、と。

S:長い道のりでしたね(笑)。でも、ここまで世の中にインパクトを与える曲じゃないと、ラップ楽曲でこうした賞はもらえないんだなと思いましたね。

Y:ヒップホップのド真ん中にいる、っていうタイプの曲ではないもんね。しかも、ガンビーノは役者として『スター・ウォーズ』とかにも出ているくらいだから。

S:グラミー委員会も「ヒップホップ・シーンと我々との間にはいまだ溝がある」と言っていたくらいですからね。なんとなく、総じて凡庸であったなという印象ですね。カーディ・Bの最優秀ラップ・アルバム賞の受賞はうれしかったけど、それもリスナーに超バッシングされてしまって、あのカーディがInstagramのアカウントを削除してしまうという出来事があった。とはいえ、数日後には復活していましたけどね。他にも、ドレイクも受賞スピーチでグラミー賞そのものに釘を刺すようなことを言ったり、アリアナ・グランデも受賞式を欠席して、自宅で実況ツイートをしたりしていたくらいですから、また一つ、アーティストとの溝が深まってしまったのかなとも感じました。

Y:対して、アカデミー賞のほうが変革的な印象があるのかな。グラミーは保守感が否めなかった感じもするよね。個人的には、<スーパーヒーローものは受賞どころかノミネートすらされない>と言われてきたオスカーの舞台で、『ブラック・パンサー』が3部門も受賞して、『スパイダーマン:スパイダーバース』も長編アニメーション部門を受賞したと。MARVEL作品が4つも受賞したところも、時代が動いたのかなという感じがしたな。アカデミー歌曲賞は、ケンドリック・ラマーとSZAがパフォーマンスするのではという予想もあったけど、結局はレディー・ガガとブラッドリー・クーパーの「シャロウ ~『アリー/スター誕生』 愛のうた」だったね。

S:二人のパフォーマンスもすごかったですよね。



Y:「シャロウ」のパフォーマンスは、グラミー賞のほうが好きだったな、個人的には。アカデミー賞では映画の世界観そのままだったけど、グラミーのときはそれを越えてレディー・ガガとして歌ったわけで、あの人間力みたいなものに圧倒されちゃった。あと、Netflix映画の『ROMA』があそこまでいろんな賞を総ナメしたのも印象的だった。日本の映画賞レースで、果たしてストリーミング・サービスの限定作品がノミネートされることってあるのかな? アカデミー賞では、そこの数歩先を見せられた気がした。Netflix映画が高く評価されることが増えると、今後、映画の興行収入ランキングも変わっていくかもしれないよね。

S:『ROMA』は、日本でも劇場公開が決まりましたよね。Netflixからスタートして、追って劇場で公開されるという、順序が逆のことが起きている。そこが興味深い。

Y:そうだ、『スパイダーバース』は、普通にヒーローものとしても楽しめる娯楽映画なんだけど、メッセージがたくさん盛り込まれている作りになっている。黒人のスパイダーマンや女の子のスパイダーマンも出てきて、ジェンダーや人種を超越したヒーローが活躍する。そこにカルチャーの要素もいろいろ落とし込まれているんだけど、その軸になっているのがヒップホップなんだよね。音楽やファッションもそうなんだけど、ヒップホップの世界観を中心にすることで、そうしたトピックを全て繋げることができる。それが長編アニメーションとして評価を受けているということが、とてもいいことだなと。

S:ヒップホップ・ファンとしては、スパイク・リーが初ノミネートから30年を経て、やっとアカデミー賞のトロフィーを勝ち取ったというトピックもうれしかったですね。

Y:作品賞で『グリーンブック』が受賞したということにすごく腹を立てていたみたいだけどね。

S:スパイク・リーが作った『ブラック・クランズマン』は脚色賞を受賞したわけですけど、あの作品も、もともとは原作があったというか実話を元にしているんですよね。しかも、その実話をだいぶ脚色している。でも、原作者のほうはそこに異論はなくて「自分の人生の一部をスパイク・リーが映画化して不満に思う人なんているわけがないよ!」とまで言っている。対して、『グリーンブック』も実話を元にした映画ではあるんですが、主人公として描かれている黒人ピアニスト、ドン・シャーリーの遺族からは「嘘のシンフォニー」とまで酷評されている作品でもある。『ブラック・クランズマン』とはあらゆる意味で対極的な映画だと思います。『ブラック・クランズマン』は黒人による、黒人のための映画ということを一つの誇りにした作品であるとも思うし、スパイク・リーも、その観点から腹立たしさを禁じ得なかったのではと思いますね。この辺りのことは、日本の映画ファンやヒップホップ・ファンの方にも、ぜひ二つの作品を見比べてみてほしいなと思います。



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