ロイ・エアーズの証言から解き明かす、ブラックミュージックの先駆者となった4つの理由

2019年3月にブルーノート東京で来日公演を行ったロイ・エアーズ(Photo by Great The Kabukicho)


4.ロイは最高のプロデューサー/ディレクターでもあった

最後に強調しておきたいのが、ロイは最高のプロデューサー/ディレクターでもあったことだ。彼は様々なアーティストを発掘しては自身のバンドに起用し、それぞれによる一世一代の名曲、名演、名唱を生みだしてきた。ロイのバンドに参加すると、ミュージシャンたちはみずからの才能以上のものが発揮できてしまう。そんなマジカルがあった。

―あなたのバンドにはハリー・ウィテカー(※)もいましたよね。彼はユビキティに「We Live in Brooklyn, Baby」などの名曲を提供しています。

※スピリチュアル・ジャズのカルトな人気盤『Black Renaissance』(76年)で知られる鍵盤奏者

ロイ:エドウィンとハリー・ウィテカーは、私のバンドにいた2人の天才だね。私はNYのクラブで初めて彼のライブを観たんだ。すごいやつだってすぐにわかった。そこで目をつけたんだ。彼はハードなビバッパーだった。彼はランディ・ウェストンとやハービー・ハンコックといった、偉大なジャズミュージシャンの音楽を愛していたんだよ。

―『A Tear to a Smile』(ユビキティの75年作)などで多くの曲を手掛けた、ベーシストのウィリアム・アレンも素晴らしい作編曲家でした。

ロイ:彼も亡くなっちゃった。ウィリアムに会ったのもNYのマンハッタンのクラブだった。アンダーグラウンドなクラブで何度か会ってから声をかけたんだ。



―珍しいところだと、あなたの85年作『You Might Be Surprised』にはドン・ブラックマン(※)も関わっていました。

※パーラメント/ファンカデリック、アース・ウインド&ファイアーなどと共演してきたファンク系の鍵盤奏者

ロイ:ドン・ブラックマン! あいつは天才だ。彼とは仕事をする前から顔見知りだったんだ。マンハッタンで知り合った。すごく静かでね、ファッキン・クワイエットなんだよ。あ、汚い言葉を使ってごめんね(笑)。私のバンドには素晴らしい才能がたくさんいた。周りにいた人はみんな才能があったんだよ。



―あなたのバンドにはセンスが良くて、才能のある、でもまだ世の中に知られていなかったミュージシャンがいつも在籍していました。

ロイ:私は常に誰かを探していた。いつも才能を探していたし、新しい声もね。誰がシーンに出てきたのかをチェックしていたんだ。自分でクラブに行って知り合ったね。

―見つけてきた才能にすぐに曲を書かせたり、アレンジをさせたり、すぐに大きな役割を与えていますよね。

ロイ:ハービー・ハンコックは信じられない才能を持ったピアニストだけど、それだけに留まらないあらゆる側面での天才だ。ハービーは、私の神でもあるマイルス・デイヴィスのバンドにいた。マイルスのバンドにはいつもすさまじい才能が集まっていたよね。私がやっていたのもそういうことだよ。

ほかにも、ロイ・エアーズが特別である理由はいくらでも挙げられるだろう。彼はヴィブラフォン奏者や作曲家としてだけでなく、もっと広い意味で音楽を的確にコントロールしてきた。自身のレーベルUno Melodicを設立し、音楽の権利を自分で管理していたこと、ヒップホップの時代にサンプリングを積極的に認めていき、そこから再び脚光を浴びたことなど、ミュージシャンに様々な能力や資質が求められている今だからこそ、彼のキャリアから学べることは多いと思う。


Photo by Great The Kabukicho

Translated by Keiko Yuyama

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