ロイ・エアーズの証言から解き明かす、ブラックミュージックの先駆者となった4つの理由

2019年3月にブルーノート東京で来日公演を行ったロイ・エアーズ(Photo by Great The Kabukicho)


1.ディスコやハウスを予見した、革新的な声の使い方

71年の『Ubiquity』ではエレクトリックのピアノやベースを取り入れ、楽曲自体もジャズ由来の即興演奏やバンドメンバーの相互作用は残しつつ、よりキャッチーな方向性に変わっていった。その最たるポイントがボーカルの導入だろう。鍵盤奏者/コンポーザーのエドウィン・バードソングや自身のボーカルを大胆に取り入れ、ジャズでもソウルでもファンクでもない、新たなサウンドを創出し始めた。

―『Ubiquity』でボーカルを入れるアイデアはどこからきたんですか?

ロイ:例えば、チカス(※)は素晴らしかったね。私のバンドではとてもいい仕事をしてくれた。私はポリドールと契約してアルバムを出していたんだけど、ポリドールのスタッフはすごく音楽愛があってね。だからこそ、いい作品ができたのかもしれない。私は基本的に考えたりしないんだ、自然に出てくるんだよ、オートマチックなんだよね。だからボーカリストを入れたことも意図したことではなくて、すごくナチュラルなことだったんだ。

※ロイの76年作『Vibrations』に収録された名曲「Searching」などでコーラスを務めたユビキティのメンバー



―あなたの作品では、ボーカリストはバンドのフロントに立つ存在というよりも、楽器と同じようにバンドのサウンドと一体化していましたよね。あんな音楽は他になかったと思うんです。

ロイ:その通り。私はソウルミュージックが大好きだから、ソウル寄りの曲を書いてはいたんだけど、私と共演するボーカリストに関しては、歌がうまいだけじゃなくて、音楽についての知識を持っていて、音楽をわかっていることが重要だった。自分が書いたメロディーやフレーズをきちんと明確に理解したうえで、正しくアウトプットしてくれる人を起用していたんだ。

―あなたのバンドのボーカリストといえば、エドウィン・バードソング(※)がいたと思うんですけど、彼とはどうやって知り合ったんですか。

※ダフト・パンク「Harder, Better, Faster, Stronger」にサンプリングされた「Cola Bottle Baby」や、ラリー・レヴァンが好んでプレイした「Rapper Dapper Snapper」の作者でもあるシンガー/コンポーザーで、ロイの右腕的存在

ロイ:エドウィンは(2019年1月に)亡くなっちゃったね。彼はLAの出身で、両親は牧師だったんだ。彼はフリーモント高校に、僕はジェファーソン高校に通っていた。ライバル校で裏側にあったんだ。そこで知り合った。高校時代から僕とエドウィンは一緒に音楽をやっていた。彼はすごかったよ、高校生の時点でもうプロフェッショナルだったんだ。彼は先生としても優れていて、多くのミュージシャンが彼から音楽を学んでいる。彼と知り合ったことを誇りに思うよ。




ロイの音楽がソウルの影響を受けながらも、ソウルそのものとは明らかに違っていたのは、ボーカルの使い方も大きいだろう。ボーカルに主旋律を歌わせるよりも、リフのように使ったり、コーラス的にハーモニー楽器として使ったり、もしくはエフェクティブなテクスチャーとしても使ったりもしている。ユビキティの72年作『He’s Coming』に収録された「We Live in Brooklyn Baby」でも、そういった声の使い方が前面に出ている。



さらに注目したいのが、翌年にリリースされた『Red, Black & Green』。タイトル曲を聴けば、その曲名を何度か繰り返したあとに、まるでサックス・ソロでも聴いているかのように盛り上がっていくボーカルの昂揚感が、この曲を名曲にしていることがわかるはずだ。「Rhythms of Your Mind」でも、キーボードのソロの後ろでリフのように曲名を繰り返しつつ、ボーカルが前面に出る場面ではアジテーションやラップのようにも聴こえるブロークンワードを管楽器のソロのように扱っている。

これらは、ただのシンガーにはできないパフォーマンスだろう。そう考えるとロイは、ソウルやR&Bにも長けていて、かつ器楽的なジャズボーカルにも長けたディーディー・ブリッジウォーターのような声に惹かれていたのかもしれないし、印象的なフレーズを繰り返すことで盛り上げていく声の使い方は、早い時点でディスコやハウスを予見していたようにも思う。


Translated by Keiko Yuyama

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