Suchmos『THE ANYMAL』クロスレビュー 「音」と「思想」から迫る冒険作の背景

Suchmos(Courtesy of Sony Music)

Suchmosが3月27日にリリースした『THE ANYMAL』が大きな話題を集めている。そこで今回は、ロック〜ブラック・ミュージック全般に造詣が深い荒野政寿(「クロスビート」元編集長/シンコーミュージック書籍編集部)と、編集者/ライターとしてデビュー当初からバンドを見守ってきた矢島由佳子によるクロスレビューを掲載。過去の成功にとらわれず、大胆不敵な進化を遂げたニューアルバムをそれぞれの角度から掘り下げてもらった。

彼らのルーツから読み取る変化の必然性
荒野政寿

アルバム完成前に大曲「In The Zoo」や「You Blue I」をいち早く披露、苗場を騒然とさせた昨夏のフジロックでのステージをしっかり観ておいて良かった。「STAY TUNE」目当ての“一見さん”が多かったであろうあのような場で、バンドの最新形を見せつける刺激的なショウを繰り広げたSuchmosは、その軌道から逸れることなく、『THE ANYMAL』という問題作を見事に作り上げてしまった。

すでに多くの人が指摘している通り、サイケデリック・ロックへの傾倒を大胆に進めた本作は、しかしそうした形容だけでひと括りにできるような、単に“トリッピー”“スペイシー”なだけのアルバムではない。厭世観や逃避への欲求をあらわにする一方で、どうにも逃げ切れない現実のブルース(「In The Zoo」や「You Blue I」)、未来に対する漠然とした不安(「WHY」や「HERE COMES THE SIX-POINTER」)にも目を向けている。揺れる感情の機微を受信できるかどうかで、本作の印象は大きく変わってくるだろう。

民間企業による月旅行計画が発表されて注目を集める一方で、新元号への移行、東京オリンピック開催を前にしてのざわつきなど、混沌とした“今”の中で向き合う『THE ANYMAL』は、ヘヴィかつ複雑である割に、意外なほどスッと気分にフィットしてくる。今、この瞬間に抱えているもやもやを吐露した作品であればこそ、の説得力があるし、“背伸びした結果の野心作”とは異質な、変化の必然性が納得できるアルバム、というのが現時点での実感だ。かなり難産だったらしいが、試行錯誤を重ねるうちに袋小路に入り込んでしまったような閉塞感も、本作からは不思議と感じられない。


「WATER」のスペシャルライブ映像

『THE ANYMAL』のリリースに先駆けて、SuchmosはSpotifyで「BEHIND THE ANYMAL」と題したプレイリストを公開した。マディ・ウォーターズ(「WATER」の歌詞にも、ダブル・ミーニングでその名が登場する)、Suchmos自身の「WATER」、デヴィッド・ボウイ「Space Oddity」(「WATER」にインスピレーションを与えた可能性が高いだろう)から始まるこの“インスピレーション・プレイリスト”は、「F.C.L.S.スタッフがセレクトした」とクレジットされており、実際のところどこまでメンバーがタッチしているのか不明だが、『THE ANYMAL』を読み解くための手掛かりとして活用しない手はない。是非このプレイリストを踏まえた上で、『THE ANYMAL』を味わい直してみて欲しい。



ポーティスヘッド、ザ・フー、カニエ・ウェスト、ニーナ・シモン、ブラック・キーズ、キング・クルールにアート・リンゼイ、フォーク・デュオのザ・ウィーピーズ、ゾンビーズなどなど……ジャンルの幅広さがいかにもSuchmosらしいこのリストには、マッドリブの『Shades Of Blue』(2003年)から選ばれた「Stormy」も含まれている。もうひとつ気になるのは、このリストにキャンド・ヒートの「On The Road Again」を選んでいることだ。

いったいどうやってSuchmosがキャンド・ヒートに辿り着いたのか……彼らが敬愛するジャミロクワイの曲名から“発見”したのかもしれないが。ウッドストック・フェスに出演したバンドの中で最も過小評価されてきた感がある、このLA出身のブルース・ロック・バンドは、戦前ブルースのレコードを集め倒していた強烈なブルースオタク、アル・ウィルソンを支柱としながら、サウンド面ではトラディショナルなスタイルに縛られることなく、60年代後半の“サイケ以降”な空気とリンクした独創的なエレクトリファイド・ブルースを鳴らした。先述のリストにあるブラック・キーズに与えた影響も小さくないだろう。Suchmosは昨年末にも「Suchmos Winter Song 2018」と題したプレイリストを公開しており、ここでもキャンド・ヒートの1970年のアルバム『Future Blues』(そのまま『THE ANYMAL』の世界に直結しそうなタイトルとジャケ!)から「London Blues」を選んでいた。



同じジャミロクワイ繋がりで言うと、彼らより先に“スペース・カウボーイ”を名乗った本家、スティーヴ・ミラーにも言及しておきたい。ルーツ・ミュージックに根差しながら非常にサイケデリックでもある折衷的な『THE ANYMAL』のサウンドに触れて、筆者の頭にまず浮かんだのは初期スティーヴ・ミラー・バンドの作品だった。ボズ・スキャッグス在籍時の『Children Of The Future』(1968年)、『Sailor』(1968年)や、ポール・マッカートニーが客演した『Brave New World』(1969年)に顕著な、ブルース/R&B/フォーク/カントリーを現代のサウンド&方法論で過激にミックスしようとする実験精神、1曲が単純な味で終わらない五目味っぷりとドープネスは、Suchmosと重なるところだ。


『Brave New World』収録曲「Space Cowboy」

同時代に活躍するハイエイタス・カイヨーテやサンダーキャットを絶賛してきたSuchmosは、彼らからの影響を新作で表立って見せていないものの、隠し味的にまぶしたフシがある。定型的なギター・ロック・バンドが避けて通る大胆なコード進行やリズム・チェンジをさりげなく持ち込みつつ、総体としては“骨太なロック・アルバム”としての印象を残す技……アレンジ力と演奏力の高さに舌を巻かざるを得ない。TAIKINGのクランチーなギターが駆け回る裏で、TAIHEIが弾き分ける各種キーボード(ピアノ、エレピ、シンセ、メロトロン風までいろいろ)の多彩さにも、是非注目して欲しいところだ。

アルバムをリピートして聴いていると、最終曲の「BUBBLE」から冒頭の「WATER」へと戻る流れが驚くほどスムーズに感じるのは偶然だろうか? 雨上がりの光景から“乾いた星”へと場面が移っていく様が鮮やか過ぎて、何度も頭から通して聴かずにいられなくなる。“アルバム特有の表現”の時代は終わった、と豪語する人も多い2019年だが、それがどんなものだったのか、『THE ANYMAL』がはっきりと思い出させてくれるはずだ。

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