キース・リチャーズ、ソロ・デビューから30周年記念盤を発売 「大切なもの」を歌う名盤

その荒々しさにも関わらず、全体のまとまりや繊細さが犠牲になることはなかった。いつもヴォーカリストとしては過小評価されるが彼はヘヴィースモーカーの風格と無愛想な攻撃性と感情の爆発で歌い上げていた。50年代のロックンロール(「ストゥッド・ユー・アップ」)やメンフィスのソウル(ハイ・レコードの象徴的プロデューサー、ウィリー・ミッチェルが手がけた「メイク・ノー・ミステイク」)、南アフリカのタウンシップ・ジャズ(マイケル・デューセがバイオリンで美しい不協和音を奏でる辛辣なバラード「ロックド・アウェイ」)など、音楽的な部分では彼は泥臭さと生きた歴史にすべてを賭けた。サイドマンにはチャック・ベリーのピアニスト、ジョニー・ジョンソンやパーラメント/ファンカデリックのメンバー、長年ストーンズでサックス・プレイヤーを務めていたボビー・キーズ、そしてストーンズの元メンバー、ミック・テイラーを招いた。

バンドとして出したわけではないこのアルバムが30周年を迎えたこの年に記念盤として再販されるのは最高のタイミングである。このデラックス・エディションには彼らがいかにその当時を楽しんでいたかを示すような、ファンキーな「マーク・オン・ミー」(この曲でリチャーズは「あの女は俺に跡を付けやがった」と陽気に絡みつくシンセを背景に叫んでいる)や湿度を感じるネヴィル・ブラザーズ 風なインスト曲「ブルート・フォース」、ジョンソンの陽気なピアノをフィーチャーしたブルース数曲を含む、6曲のボーナストラックが収録されている。

『トーク・イズ・チープ』は何か大きな意味を持たせた作品ではなく、このアルバムの良さの大部分はそこにあった。しかし、それ自体がその先を予言していたかのようにこのアルバムのリリースの翌年、街の現実を歌う『ニュー・ヨーク』のルー・リー、激しいノイズとアコースティックのうずきが調和した『フリーダム』のニール・ヤング、繊細な内省とブルース的決意の『ニック・オブ・タイム』のボニー・レイットなど、80年代に行き先を見失いかけていた60年代のアーティストたちが彼らのサウンドを取り戻したブームの年となったのだ。

リチャーズはソロのレコーディングの経験によってジャガーと一緒にやれることのありがたみがわかったと最近になって語っている。ストーンズも1989年にまぎれもないストーンズ・サウンドの『スティール・ホイールズ』で返り咲いた。このアルバムのベスト曲は、リチャーズ作曲のいくぶん詩的でもあるテンポの遅い最終曲「スリッピング・アウェー」だ。これには、不機嫌さの中に見える品や最後のタバコを吸いながら物思いにふけるような、中年の自省や自らを酷使しながら生きる人たちを暗示するもの、そして当時危機的状況にあったストーンズ自身の屈折したユーモアのセンスが詰まっているのだ。またこの曲の軽快なブリッジは魂のこもった声で歌うジャガーとの関係の緩和が感じられる感動的な瞬間だ。「It seems I’ve lost my touch/感覚を失ってしまったようだ」とグリマー・ツインズは一緒に歌う。『トーク・イズ・チープ』は彼らに“大切なもの”のありかを思い出させてくれるものなのだ。

Translated by Takayuki Matsumoto

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