HIROSHI(FIVE NEW OLD)が語るゲームライフ「孤独を愛そうっていう気持ちはゲームから教えられた」

FIVE NEW OLDのHIROSHI(Courtesy of TOY’S FACTORY)



ー「音楽としていいもの」、「ゲームとしていいもの」って、HIROSHIさんにとってはどういう基準があるものなんですか。

HIROSHI:やっぱり、世界観に浸らせてくれるもの。没入感を与えてくれるものですかね。僕達自身もバンドとして「ONE MORE DRIP」っていう言葉を掲げてますけど、当たり前のように過ごしている毎日に何かしらの彩りを与えてくれるものを届けたいと思ってるんです。たとえば今飲んでいる水を見た時に、その水がとれた場所の光景を感じさせてくれるとかーーそれが、素敵だなと思うものですね。まあ高校生くらいになると、『モンスターハンター』みたいにポータブルなゲームが出てきましたし、みんなでプレイすることもどんどん増えてはいったんですけど。でも、基本的には自分の頭の中でどれだけ世界観を広げられるかが大事でしたね。

ーオンラインゲームも一般的になっていったし、テクノロジーの進歩によって、ひとりで世界観に浸るだけじゃなく、みんなでワイワイ楽しむゲームもより一層増えていったと思うんですね。元々ひとりの時間を彩るためにゲームに没入していったHIROSHIさんからすると、みんなでゲームする時間とひとりでゲームをする時間の効能はどう違います?

HIROSHI:たとえばオンラインゲームだったら、コミュニケーションをしている素の自分がアバターを通じてそこにいるっていう感覚。だけど一人でゲームをする時はもっと中二臭いんですよね(笑)。こう在りたいっていう気持ちとか、好んで演じたい自分がそこに投影されちゃうんですよ。たとえば……自分はとても優柔不断なので、決断力のある自分をゲームのキャラクターに重ねてしまったりとか。間違った選択をしない自分を求めていたりとか。とにもかくにも、理想的なカッコいい男になりたいっていう願いをゲームの中で思い描こうとすることが多いんでしょうね。



ー赤レンジャーになりたいっていう?

HIROSHI:そうそう、まさに赤レンジャー! なかなか自分を赤レンジャーだと思って来られなかったので。見るからにクラスの中心人物だなっていう理想を求めちゃうんですよね。

ーバンドも、赤レンジャーになりたい自分を投影したものだったりするんですか。

HIROSHI:ああ……。バンドで言うと、最近ようやく自分が赤レンジャーなんだと気づいた感じかもしれないです。自分が赤レンジャーになったって気づくまでに時間がかかってたというか。たぶん、理想は想い描き続ければ叶うって希望観測的に思ってたんですね。それをゲームに投影し続けていたんですけど。でもその希望はバンドっていう形になって、ある種実現していたのかなって。……バンドはもちろんチームプレイですけど、僕はそのチーム感に重きを置きすぎてたんです。舵取りをする人間としての自覚が薄かったとも言える。だけど、僕を信じてHAYATOが声をかけてくれてバンドが始まった。スタッフさんが僕らを信じてくれた。そんな中、メジャーレーベルで活動できるようになった。いろんな人が信じてくれて僕は今ここにいるんだなって感じるようになってから、自分が赤レンジャーなんだなって思えるようになったんです。仲間だしチームなんだけど、その軸になっているのは自分なんだなって。

ー当初はUSのポップパンクをベースにした音楽性だったのが、HIROSHIさんがお母さんや叔母さん達から教わってきたR&Bやソウルを軸にしたものに変化してきたバンドですよね。ゲームを象徴にひとりの世界から始まったHIROSHIさんがポップパンクの青臭い絆感や仲間感を求めてバンドをやり始めたのも腑に落ちるし、自分がこのバンドの赤レンジャーなんだと気づいてからは昔から消化してきた音楽がドバッと出てきたのもよくわかる話で。HIROSHIさんの変化がそのまま、FIVE NEW OLDの音楽的な変遷になっているところもあるんじゃないかと。

HIROSHI:もう、本当にその通りだと思います(笑)。仲間とやるものだったバンドが、自分の軸を表現したい場所になっていったのが、そのまま音楽的な歩みに直結してますね。シンデレラストーリーを渇望しているといいますか、いつか自分にも華々しいことが起こればいいなって願い続けて音楽をやっているところはありますね。



ーそして、今日はソフトも持ってきて頂いてますが、これらはナウプレイングなゲームでしょうか。

HIROSHI:はい。特に最近やっているのが、この『Detroit: Become Human』です。これは、Netflixでやっていた『ブラック・ミラー: バンダースナッチ』と同じような形式で、ほぼすべてが選択式で物語が進んでいくんですね。物語としては、舞台が近未来で、誰もが家庭にお手伝い用のアンドロイドを持っているんですよ。で、ふとしたことからアンドロイドが自我を持ち始めてしまうんです。ある家庭のアンドロイドが、新しいアンドロイドの購入見積書を見て「自分は捨てられるんじゃないか」っていう恐れを抱いて、そこからアンドロイドが感情を持ち始めてしまうんです。で、捨てられたくないアンドロイドが子どもを人質にとったたり、その事件のネゴシエーターとしてのアンドロイドを動かしたり。どこからがアンドロイドで、どこからが人間なのか……っていうテーマなんですけど。





ーおお、面白そう。これまでは、ファンタジーの世界でどれだけ現実世界の問題を感じさせるか、ファンタジーの中で現実世界のメタファーを入れ込むかというゲームが多かった気がするんです。だけど、現実世界でどれだけファンタジーを見られるのかっていうゲームが増えてきた気がしていて。その辺で言うと、HIROSHIさんはどういうことを感じられてますか。

HIROSHI:僕もそれをよく考えるんですよ。で、少し怖いのは……システムの面でも映像的な面でもリアルに近づき過ぎてしまうと、現実逃避と現実の境目がなくなってしまう気がするんです。突拍子のないファンタジーに自分を逃すんじゃなくて、現実世界でもこれをやっていいんじゃない?っていうことが多くなり過ぎるというか。たとえばe-sportsもある種の代理戦争じゃないですか。そもそものスポーツも代理戦争かもしれないけど、みんなで球を追いかけることがそれになっている。ただ、それがゲームを通した形になっていくとむしろ、争いがより一層具体性を持ってしまうところがあると思うんですよ。ゲームの中だからこそトリガーを引いて自分と、現実の世界の自分。その、想像の部分と現実の部分の両方はちゃんと大事にしておきたいなって思います。

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