エアロスミス、94年のウッドストックの演奏を回想

ウッドストック’94でプレイしたエアロスミス

現在ラスベガスでのレジデンス公演準備中のエアロスミス、カムバック後最高潮に達した1994年の演奏を見てみよう。

エアロスミスがラスベガスのパークMGMで行うレジデンス公演「デューシーズ・アー・ワイルド」はまだ始まっていないが、すでにこの公演内容でツアーを行うことを発表した。8月にメリーランド州ナショナルハーバーのカジノ、アトランティックシティ、ニュージャージー、マサチューセッツ州スプリングフィールドでこのツアーを行う(すべてMGMが所有する会場のため容易な経営判断と言える)。ジャイルズ・マーティン(ビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーティンの息子)がこの公演のクリエイティヴ・チームに合流しており、ディレクターのエイミー・ティンカーム、プロデューサーのスティーヴ・ディクソンと共にこれから同公演の制作を行う予定だ。エアロスミスは膨大な楽曲カタログの見本となるようなセットリストでプレイすることになるが、それ以外の詳細は4月の公演初日まで待たなければならない。

この公演はエアロスミスの終わりなき冒険活劇の最新章といえる。過去50年間、薬物依存、アルコール依存、メンバー間の確執と数多くの困難を克服しながら、彼らはコンスタントにツアーを行ってきた。何よりも驚異的な事実は、1973年のファースト・アルバムを作った5人の男たちが現在も変わらずにバンドに在籍していることだろう。80年代初頭、ジョー・ペリーとブラッド・ウィットフォードが一時的に脱退し、健康問題と向き合うために一時的にバンドから離れたメンバーもいたが、彼らは常にオリジナルラインアップで素早くシーンにカムバックし続けてきた。昨年(2018年)、ビリー・ジョエルのコンサートの楽屋でジョー・ペリーが倒れて病院に救急搬送されたことがあったが、今年2月1日のスーパーボウルで見事復活し、エアロスミスとして最高の演奏を見せつけた。映画『ウェインズ・ワールド2』のキース・リチャーズネタをなぞらえるなら「連中は普通の兵器じゃ死なねぇ」だろうか。

また、エアロスミスはロック史上、他のどのロックバンドよりも演奏回数が多い。ここではウッドストック’94で彼らがプレイした「ママ・キン」をご覧にいれよう。この10年前の彼らは瀕死の状態が続いていた。ジョー・ペリーが復帰しても1985年に彼らがリリースしたアルバム『ダン・ウィズ・ミラーズ』は全く売れなかったのである。しかし翌年、彼らはRun-D.M.C.と「ウォーク・ディス・ウェイ」を再レコーディングし、晴天の霹靂のように当時のアメリカのティーンエイジャーがエアロスミスの音楽を再発見した。新たなファンの支持に支えられた彼らはスタジオに入り、(プロのソングライターたちの協力を得て)「エンジェル」、「ラグ・ドール」、「デュード」などのヒット曲を再びチャートに送り込むようになったのである。ウッドストック’94が近づく頃には、MTVで放送される人気アクトより二回り近く年上にもかかわらす、彼ら自身の初期の人気を凌駕するほどの人気バンドとなっていた。

2〜3年前にエアロスミスが引退ツアーを行うという噂が巻き起こったが、現在のところ、彼らにはその気が一切ないようだ。一方、スティーヴン・タイラーは2017年にカントリー・レコードを作ったが商業的には芳しくなく、彼自身、この件はすでに記憶の彼方に葬り去ったようである。この一件でタイラーはしばしエアロスミスをやる気も失せていたようだが、これは彼の運命ではなかったようだ。なぜなら、どんなことが起きようがエアロスミスの存続は絶対的で決して壊れない自然の法則なのだから。



Translated by Miki Nakayama

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