Mr.Children「あるべきバンド像を求めたシンプルな衝動」

本編最後に演奏されたのは「皮膚呼吸」。その演奏前、桜井は次のように語った。

「まだまだ僕ら、やりたいことがあって、理想があって、憧れがあって、夢があって。今からでも遅くない。一歩ずつでもいい、少しずつでもいいから、そこに近づきたい。そんなふうに思って新しいアルバムの制作に入りました。見ればわかる通り、この会場の多くの人がティーンエイジャーではないことを僕は知っています(笑)。でも、ティーンエイジャーじゃなくても、僕らと同じように、まだ夢を持っても、憧れを持っても、理想を掲げてもいいと思ってます。まだまだみなさんにも僕らにも伸び代があるんだと、そう信じています」


Photo by Shin Watanabe


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私は、この3日前に、同じ会場でSuchmosのライブを観た。Suchmosのライブ演出も至ってシンプルだったが、彼らの空間は「ライブハウスの延長線」に横浜アリーナがあったのに対して、Mr.Childrenが作り上げていたのは、「ドームやスタジアム公演などを何度も経てきた上でのシンプルな演出空間」だった。どちらにも魅力があるが、それらふたつは、似て非なるものだ。Mr.Childrenの演出と、『重力と呼吸』における歌詞とサウンドのシンプルさは、様々な経験を経てきて、いろいろな思考を巡り巡った結果たどり着いたもので、そこには一流以外は成し得ない深みが帯びている。料理でたとえるなら、熟練の料理人が作った味噌汁には上品な深い味わいがあるように。

本公演の最後に演奏された「Your Song」は、白色の照明で彩られたが、白はこれほどまでに美しくて清らかで神聖な色だったのかと思わされた。それは、Mr.Childrenの歩みと歌があってこそ演出できた「白」の深さなのだろう。その一方で、本編最後のMCで語られた「夢がある」「そこに近づきたい」という発言には、デビューから26年間第一線で走り続けてきた、CD総売上枚数7362万枚のバンドの口から出たものだとは信じがたく、Suchmosのような走り出したばかりのロックバンドと同じ精神性が滲み出ていた。

『重力と呼吸』の歌詞には、強いメッセージは含まれていない。しかし、これだけの成功をおさめているバンドの、今も変化と挑戦を止めようとしない貪欲さや好奇心、そして人としての成長が止まることへの恐れを持っているその生き様自体が、Mr.Childrenにしか説得力を持って表現できない強固なメッセージであるように思う。歌詞がシンプルになったと言えど、これまで数多くの名曲を綴ってきた詩人・桜井が書く「シンプル」には、わかりやすい言葉であっても奥行きがあって、そこにはどうしたって彼らの生き様から生まれる生命力が零れ落ちているし、聴いた人が受け取ることのできる道標がある。

そしてMr.Childrenが今回「ロック」に寄ったのは、ホールツアーで音楽的な複雑さや芸術性を追求した上で自分たちが勝負できるのはそこではないことを自覚し、やはりエモーショナルな表現こそがMr.Childrenの魅力でありやりたいことであると気づけたからだという。人は誰しもが、自分の人生や生き方における「正解」を明確には見つけ出せずに歳を重ねていくが、これほどまでに成功をおさめてきたように見えるMr.Childrenさえも自分たちの答えをまだ探し続けているというその姿勢も、強固なメッセージになっていると言えるだろう。

さらに言えば、何事もいつかできなくなるときが来るかもしれないからこそ、今やれることをやりきろうというメッセージも、今のMr.Childrenの表現からは感じ取れる。年齢を重ねていくなかで、この日みたいなアスリート並の体の動かし方、叫び方を、10年後20年後もやり続けられるとは限らない。だからこそ、今、バンドとして表現できる肉体性を存分に発揮しようという想いが見えたのだ。

2月には台湾公演が決定していて、これはMr.Childrenにとって初の海外単独公演となる。ロックバンドとしての強い演奏力と、26年間あらゆることを乗り越えてきた4人の強靭なチームワークと、ずっと極め続けている桜井の歌と、全身の肉体を駆使したパフォーマンス、そしてそれらに滲み出るバンドの生き様は、言語の壁を超えて人から人へと伝わる感動と音楽の醍醐味を生むだろう。

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