創始者が語る「DOWNLOAD FESTIVAL」の歴史

2015年のダウンロード・フェスティバルに出演したジューダス・プリースト。ダウンロードジャパンにも登場する。(Courtesy of DOWNLOAD FESITVAL)

英国発のロック・フェスティバル「DOWNLOAD FESTIVAL」が日本初上陸。無念のキャンセルとなったオジー・オズボーンに代わり、ジューダス・プリーストが出演。さらにゴーストも加わり、最終ラインナップが確定した。開催に向け、ダウンロード・フェスティバルの創始者でメインのブッキング担当を務めるアンディ・コッピングがメールで取材に応じてくれた。

ーダウンロード・フェスティバルの会場であるドニントン・パークは今もあなたにとって何かを与えてくれる特別な場所なのでしょうか?

ドニントン・パークはダウンロードフェスティバルにとって最も完璧な会場だ。数多くの歴史に携わっており、ダウンロードを開催できる唯一の場所とも言える。多くの人にとってドニントン・パークはロックの聖地だろう。


2018年のダウンロード・フェスティバルに出演したガンズ・アンド・ローゼズ。(Courtesy of DOWNLOAD FESITVAL)

ー第一回目はアイアン・メイデンとオーディオスレイヴがヘッドライナーでした。初めての開催にあたって、一番大変だったこと、困難だったことはなんですか? 

初年度には多くの困難があった。最初は3ステージ構想を持っていたが、一年目にしては流石に高望みしすぎていて、最終的には2ステージに規模を縮小した。さらに、元々ヘッドライナーを予定していたアーティスト(リンプ・ビズキット)が公演数週間前にキャンセルをし、オーディオスレイヴが代わりにヘッドライナーとなった。直前にリンプ・ビズキットがいなくなるのはかなりの痛手だったが、一人も返金を求めることもなく、無事開催することができて良かった。


2004年のポスター

ー当時、イギリスの巨大ロックフェスというと、レディング/リーズ・フェスティバルやグラストンベリー・フェスティバル.、Vフェスティバルくらいしかなかったと思うのですが、今と比べて当時の興行ビジネスはどういう状況だったんでしょうか?

我々はマーケット内に純粋なロックフェスのための大きなギャップがあることに気づき、これがダウンロードを始める上でのインスピレーションになった。ロックファンは自分たちに合った、自分たちのためのフェスを求めていた。

ー2009年のダウンロードで、スリップノットのTシャツを着たオーディエンスが ZZトップのステージを観ているのを見て、あなたはダウンロードがやってきたことに手応えを感じたそうですね。

ダウンロードは全年代のロックファンとサブジャンルを対象としており、除外される人は一人としていない。若いバンドと若いファンはフェスにとっての未来であり、生き血でもあり、彼らは我々に成長の機会を与えてくれる。


2009年のポスター

ーダウンロード・フェスティバルにはアイアン・メイデン、キッス、デフ・レパード、ホワイトスネイク、AC/DCなど、名だたるレジェンドが出演していますが、その中でも特に印象に残っているライブを見せたバンドは誰でしょうか?

2013年にラムシュタインがヘッドライナーとして登場した時のパフォーマンスが他の誰よりも印象に残っている。2018年のガンズ・アンド・ローゼズも2010年のAC/DCも最高だった。スリップノットが初めて大きなフェスでヘッドライナーとして登場した2009年も特別だったし、2014年にリンキン・パークが『ハイブリッド・セオリー』を、メタリカが2012年に『メタリカ(ブラックアルバム)』をフル再現したのも良かった。

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