ジェイムス・ブレイクが新作『Assume Form』で到達した、動的で生命力に溢れたサウンドの正体

コンポーザーとしての変化といえば、『Assume Form』を聴いて、僕が最初に連想したのはバッハの音楽だった。そんなふうに思ったのは、コラール(讃美歌)のようなノスタルジックで無垢な旋律や、複数の旋律がそれぞれに独立して鳴りながら重なるポリフォニーが理由にある。

それからもう一つ。先に触れたタイトル曲での音のモーションの連なりは、坂本龍一の2018年作『async』で表現されたサウンドとも重ねられそうな気もする。僕が以前、坂本にインタビューした時(iD Japanに掲載)、彼はこんなふうに語っていた。

「タルコフスキーがすごいなって思うのは、本人も自覚的で、著書にもはっきり書いてあるんですけど、音楽を作るように映画を作っているし、撮っている。すごく音楽的だなと思うんです、いろんなことが。例えば、向こうから男の人が歩いてくる、サーっと風が吹いて、草がなびいて、近くの木の枝がばさばさばさと鳴る。それは音のつながりが音楽的というのではなく、映像の運動というんですかね、ある時間の中の運動の重なりというか、そのポリフォニーがとても音楽的だなと思います。僕はタルコフスキーはバッハから、音楽から学んでいると思うんです」

上述のタイトル曲に象徴的だが、『Assume Form』での動的なサウンドは、まさしく坂本が言う「映像の運動」のような音楽だと僕は思った。そして、DAZEDによる最近のインタビューによると、ジェイムス・ブレイクは以前から映画監督のアンドレイ・タルコフスキーに関心を抱いていたのだという。

坂本龍一のドキュメンタリー映画『Coda』には、タルコフスキーの映画『惑星ソラリス』が映されるシーンがある。そこでは、様々な物の動きが連なり、ひとつの大きな流れが生まれるような映像とともにバッハのコラール『主イエス・キリストよ、私は汝の名前を呼ぶ』(BWV639)が聴こえてくる。この運動の連なりのような映像と音楽に刺激された坂本は、『async』に収録された「solari」でオリジナルのコラールを書いている。

もしかしたら、ブレイクも同じように、ずっと早い段階からタルコフスキー的な音楽を構想していて、今回のアルバムでようやく形にすることができたのかもしれない。トラップなど現行のトレンドも視野に入れつつ、もっと広い音楽観に基づき、コンポーザーとしての進化によってたどり着いた境地が『Assume Form』なのだとしたら、彼が手掛けたかったのはバッハから坂本龍一の音楽にまで通じる、もっと長く連綿と続いてきた潮流とも関わりのある作品なのかもしれない。





これは余談だが、ジャズ・ピアニストのブラッド・メルドーは、2018年に『After Bach』という作品をリリースしている。バッハの音楽をメルドーなりに解釈し、即興演奏で表現したアルバムだ。そこに収められた「After Bach:Rondo」という曲では、メルドーがバッハの楽曲をモチーフに演奏を展開させていくなかで、ニック・ドレイクやジョン・ブライオン、エリオット・スミスやレディオヘッドのような旋律やフィーリングが浮かび上がってくる瞬間がある。

それと同じように、『Assume Form』にもバッハとニック・ドレイク、レディオヘッドが同居しているような瞬間が何度か訪れる。例えば「Don’t Miss It」では、トム・ヨークにも通じる旋律が聴こえてくる。そこにはコラール的な旋律やポリフォニーからバッハを感じる瞬間も入り混じっているし、もっと言えばブラッド・メルドーが奏でるピアノにも通じる響きも聴き取れるだろう。

先に触れた、モーゼス・サムニーの作品にもそんな瞬間を感じるときがある。モーゼスはもともと教会でヘンデルのようなバロック音楽に親しみ、レディオヘッドをカバーしてきた音楽家だ。バロック音楽のような旋律をフォーキーに奏でるモーゼスの音楽は、改めて聴き直すと、実に『Assume Form』的なサウンドのようにも聴こえてくる。

『Assume Form』は極めてシンプルなメロディーがベースとなっていて、それらは本作の動的な楽曲と密接に結びつき、その考え抜かれたシンプルさゆえに普遍性をもたらしている。このアルバムは、サウンドの革新性が取り沙汰されがちだったジェイムズ・ブレイクが、もっと長い音楽の歴史に目を向けて、普遍的なディテールにこだわった作品としても聴かれるべきだと思う。彼の音楽は間違いなく深化している。







ジェイムス・ブレイク 『アシューム・フォーム』

ジェイムス・ブレイク
『Assume Form』
発売中
https://www.universal-music.co.jp/james-blake/products/uicp-1192/


FUJI ROCK FESTIVAL’19
期間:2019年7月26日(金)27日(土)28日(日)
会場:新潟県 湯沢町 苗場スキー場
http://www.fujirockfestival.com

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