【独占取材】55歳のスラッシャー、アンスラックスのスコット・イアンがバンド史を語る

アンスラックスのスコット・イアン(Courtesy of DOWNLOAD JAPAN 2019)

英国発のロック・フェスティバル「DOWNLOAD FESTIVAL」が日本初上陸。3月21日に幕張メッセで開催されるDOWNLOAD JAPAN 2019のヘッドライナーはオジー・オズボーンだが、その他にメインアクト級のバンドとして出演するのは、スレイヤーとアンスラックスである。スラッシュメタルの「ビッグ4」のうち半分がこの日揃うというわけだ。アンスラックスのスコット・イアン(Gt)が、米ロサンゼルスでインタビューに応じてくれた。

※2月19日追記:オジー・オズボーンは病気のためDOWNLOAD JAPAN 2019出演キャンセルとなった。

スコット・イアンという人は、55歳を迎えた今でもティーンのメタルキッズのようだった。話を聞いているうちに、彼の真っ直ぐな視線、ごまかしなど一切ない快活な受け答え、何十年も前の話を昨日のことのように話す無邪気な姿にすっかり魅了されてしまった。本文には書いていないが、過去のエピソードを話すときに「当時の俺の格好は革ジャンを着て、ジーンズをはいて……まあ、今と同じだな(笑)」と少し恥ずかしげに微笑む様子には思わずキュンとすらした。

インタビューでは、アンスラックスというバンドが過去に迎えたいくつかの転機や、パブリック・エナミーとのコラボで後世に非常に大きな影響を与えた「Bring The Noise」にまつわる裏話、大ファンだったというKISSとの初対面時のエピソードなど、多岐にわたる話題で楽しませてくれた。インタビューの最後には日本のメタラーが作るサークルピットへの言及もあり、短い時間でありながらとても興味深く、かつ楽しい内容になった。

―2010年代に入ってから発表したアルバム『Worship Music』と『For All Kings』がいずれもファンから高い評価を受けていますが、スコットはどう感じてますか? 

とても幸せなことだね。それ以外になんて表現していいか分からないほどうれしいよ。

―そもそも、アンスラックスが成功したポイントは何だと思いますか?

成功と言ってもいろいろあるけど、自分にとって一番の成功は最初のアルバムを作ることができたことだよ。俺らは自分たちがレコードを作るのにふさわしいバンドだと思ってたんだけど、俺たち以外に誰もそんなこと思ってなかった。1982年から83年の時点では正直、アンスラックスは誰にも気にされてなかった。だからオーディエンスが俺らに興味を持つように試行錯誤して真面目に奮闘して、そうこうしてるうちに俺らの音楽に情熱を持ってくれる人たちを見つけてみんなで懸命に取り組んだ結果、1stアルバム(『Fistful of Metal』)を作ることができたんだ。それがこれまでで一番ハードなチャレンジだったな。だって、一度成功していれば次に興味を持ってもらうのはもっと簡単だろ? もちろん、1stアルバムを作った後もたくさんのことを成し遂げたけど、俺の中ではあのアルバムを作った時点ですでに成功してたんだよ。


Courtesy of DOWNLOAD JAPAN 2019

―その他にこれまでバンドにとってどんなターニングポイントがありましたか?

そうだな……1987年はバンドにとって大きな年だったね。『AMONG THE LIVING』をリリースして、商業的にかなり成功して、それまではライブハウスレベルでしかツアーができなかったけど、その年の5月からツアーを始めて、8カ月後にはアリーナでライブをやってた。

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