苦難を乗り越えた俳優・安藤政信、40代のこだわりを語る

「当時は恋人だった嫁に子どもができたんです。所属事務所を辞めて2年くらい経っていて、金はスッカラカンだし仕事も全然ないときで。思わず『マジで? やばくね?』って。あまりにもパニクってしまって、夜中だったけどそのまま多摩川まで走りに行きました。ロッキーみたいでしょ(笑)」

まずは、彼女の両親へ挨拶に行かなければ。そう思った安藤は、実家から交通費を借りて東北新幹線に乗り込んだ。10年前に初めて会ったときに、「できちゃった婚だけは頼むからやめてくれよ?」と念を押されていただけに、気が重い。

「着くなり父親に言われました。『安藤くん、事務所辞めたみたいだけど大丈夫なの?』って。どうやらホームページを見たらしくて……(笑)。もちろん『大丈夫です!』と言うしかないじゃないですか。途方に暮れたまま、東京へ戻りましたね」

竹中直人から、安藤の元へ電話があったのはその数日後だった。映画『RED SHADOW 赤影』(2001年)で共演して以来、何かと気にかけてくれる大先輩だ。

「『政信、今なにやってんの? 石井隆って監督が、政信に興味があって仕事に誘いたいって言ってるんだけど』って。その後すぐ、石井監督から長文の手紙がついた脚本が送られてきて。それが『GONINサーガ』(2015年)だったんです」

クランクアップしてすぐ、ギャラを振り込んでもらい出産費に充てた。

「窮地に陥ると、いつも竹中さんが助けてくれて。現在は、彼の事務所でお世話になっています。家族もできたし、食わせるためには以前のように作品を選んでいる場合じゃないですよね。『ブラック・スキャンダル』でも“キレイごとだけでは進まない”というセリフがあったんですけど、働いて生活していくためにはある程度の妥協が必要なのはわかります。ただ、誰かを蹴落とすとか、陰湿な根回しをしてのし上がるとか、そんなことはしたくない。キレイごとだけで進んでいきたい、成功したいと思っているんですよね。その気持ちは20年前からずっと変わらないです。もちろん、壁にぶち当たるときもありますけど、かわしながら生きていきたいですね」

そう、悪戯っぽく笑う安藤。40代になって、これからどんなことがやりたいのだろうか。

「20代からずっと撮り続けている写真を、何かしらの形で発表したい。俺にとって唯一のこだわりは写真かも知れない」

映画で共演した女優や俳優を被写体に、曾我蕭白や河鍋暁斎、下村観山といった日本画家の作品から着想を得たり、出演した映画の台本を自分なりに解釈したりして、これまで様々なシチュエーションの写真を撮り続けてきたという。一度、イラストレーターのヒロ杉山が主宰するZINEに写真で参加しており、それを目にした人もいるかも知れない。

「今までずっとドメスティックに撮ってきて、たまにそういう場所で発表できたらいいかなと思っていたんですけど、最近はもっと多くの人に見てもらいたいという気持ちが強くなってきていて。映画というのは最終的にはプロデューサーや監督の作品じゃないですか。自分を100パーセント表現する手段として、40代は写真をもっと積極的にやろうかなと。役者と写真、両方でバランスを取りながら生きていきたいですね」

写真表現を極めることで、嫌いだった芝居との向き合い方も、変わるかも知れない。唯一のこだわりについて、熱っぽく語る彼の表情を見ながらそう思った。

雑誌「Rolling Stone Japan vol.05」に掲載


安藤政信
俳優。1975年5月19日生まれ、神奈川県出身。O型。1996年、映画『キッズ・リターン』で主演を務めデビュー。多数の映画賞を受賞し話題となった。以降も『イノセントワールド』や『サトラレ』など、映画を中心に活躍してきたが、最近は『コード・ブルー』、『ブラック・スキャンダル』などドラマにも積極的に出演している。映画『デイアンドナイト』は2019年1月26日全国公開。




シャツ、カットソー、パンツ(以上すべてYOHJI YAMAMOTO/ヨウジヤマモト プレスルーム TEL:03-5463-1500)、カフ(CODY SANDERSON/ワールドスタイリング  TEL:03-5463-1500)

Styling = Taichi Kawatani Hair and Make-up = Hiroyuki Hosono ロケ地協力:Studio EcoDeco

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