【密着ルポ】現代のロックスター的存在、トラヴィス・スコットの日常

トラヴィス・スコット:2018年11月20日、ブルックリンにて撮影(Photo by Dana Scruggs for Rolling Stone, Hair by Yazmin Adams, Grooming by Jenn Hanching, Styling by Renelou Padora, Pants by Undercover)



生活苦だったスコット家の問題とは?

そういった明るいイメージとは裏腹に、スコットの家庭は様々な問題を抱えていたという。2005年頃に父親がミュージシャンになるべく仕事を辞めて以来、AT&Tストアで携帯電話のセールスを担当していた母親(現在も勤めている)が一家の大黒柱となった。「親父は仕事を一方的に辞めちまったんだ、引退するって言ってさ。それ以来、生活は苦しくなった」。スコットは淡々とそう話す。

「貧しい暮らしをしてた。母さんは足を曲げることができなくてね。俺が物心ついて以来、母さんはずっと松葉杖を使ってる。症状を緩和するための薬をもらってたけど、そのせいで身体の他の部分を悪くしたんだ。心臓発作を起こしたこともある。若い頃自転車に乗ったまま、誤って側溝に落っこちたらしいんだ。そんな状態でありながら、母さんは俺たち兄妹や父さんを養ってくれて、俺のやりたいようにやらせてくれた。たくましい女性さ。何があっても挫けない強さを、俺は母さんから学んだんだ」

定職に就こうとしない父親が原因で、家庭内の空気が張りつめていた時期もあった。「いつもギスギスしてた」。スコットは苛立った様子でそう話す。「当時俺たちはよく揉めてた。俺は部屋で曲を作ってて、親父は地下室にこもってた。『うるさいぞ! 今レコーディング中なんだ!』『うるせぇのはそっちだ! 俺はビートを作ってんだよ!』みたいな感じでさ」(現在は2人の関係は良好であり、スコットはこう話している「俺の尊大さはポップ・デュークス譲りさ」)


子どもの頃のトラヴィス・スコットとドラマーでもある彼の父親

スコットが音楽に真剣になったのは高校生の頃だった。現在OGチェスの名でラップをしているジェイソン・エリックと組んだいくつかのグループで、スコットはラップとプロデュースの両方を担当した。現在の彼のスタイルに比べると、当時の音楽性はよりアッパーだった。スコットはテキサス大学サンアントニオ校に通っていたが、母親からもらったお金の大半は機材か、あるいはニューヨークとロサンゼルス行きの飛行機代に費やされていた。両都市では知人の家で寝泊りしながら、業界関係者とのコネクションを作ろうと奔走していたという。

彼はカニエ・ウェストの複数のアルバムでエンジニアとしてクレジットされているAnthony Kilhofferに目をつけ、彼の連絡先を突き止めてメールを送った。彼の曲を何曲か聴いたKilhofferは、ハリウッドのアメーバ・レコードの向かいにあるCoffee Beanでスコットと会い、それ以降2人は時折連絡を取り合うようになった。その後もビートメイキングを続けていたスコットは数年後、ついに巡ってきた大きなチャンスをものにすべくニューヨークに飛んだ。

Kilhofferから紹介されたカニエ・ウェストはスコットの手腕を高く評価し、G.O.O.D. Musicのショーケース的なアルバム『クルーエル・サマー』への参加を打診した。同時期にカニエとのプロダクション契約を結んだスコットは、その後彼の評判を耳にしたT.I.とも同様の契約を交わしている。ほどなくしてスコットは、ウェストの『イーザス』、そしてジェイ・Zの『マグナ・カルタ…ホーリー・グレイル』にプロダクション面で参加する。2015年に発表した自身のデビュー作『ロデオ』はポップチャートで第3位を記録し、現在ではプラチナディスクに認定されている。

Translated by Masaaki Yoshida

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