Anchorsongが語る、日本人から見たロンドンの現実とグローバルな音楽観

―話を戻すと、2013年には日本に一度帰国されてますよね。

吉田:事情があって帰国せざるをえなくなってしまったんです。でも、体勢を立て直してもう一度イギリスでやりたいという思いは常に持っていました。レコード会社との契約は残っていたので、アルバムを完成させれば、そういう道がまた拓けてくるだろうと思っていました。

―そこから前作『セレモニアル』の制作に取り掛かったわけですよね。この頃から今回の『コヒージョン』に続く無国籍なサウンド――アフリカやインド音楽を参照しつつ、ご自身のなかにしかない架空の音楽を形成していくようなモードに入っていった印象ですが、日本に帰国したことも制作へのマインドに影響を与えていたのでしょうか?

吉田:少なからず関係していると思いますね。例えば、僕がロンドンに来たときはダブステップが盛り上がっていましたけど、外国人である僕自身としては、イギリス的な音楽を作りたいって考えたことがないんですよ。とはいえ、住んでいれば気になってしまうのも事実だし、そういう流行を追いかけはしないものの、無意識に影響を受けてる部分はあったはずで。そのなかで、日本へ帰る直前くらいでアフリカの音楽に興味を持ち始めたんですけど、とても新鮮なものに感じられたんですよ。そういう要素を表に出そうと思ったのは、イギリスを離れたことも関係していたのかもしれない。結果論かもしれないですけど。


2016年に発表されたAnchorsongの2作目『セレモニアル』

―日本にいるけどロンドンに戻りたいという思いが、今の自分がいる場所とは別の「どこか」を夢想することにも繋がったのかな、とも思ったんですが。吉田さんの音楽は旅人のように、具体的な場所ではなく、どこか遠くを憧れ続けているような感じがするんですよね。

吉田:そういう気持ちはたぶん、洋楽と出会った頃からずっと続いてるんだと思います。自分の知らない街や文化に対して、すごく興味があるので。それこそ、ロンドンみたいな街だったら、優れたアフリカのドラム奏者とか、インドのシタール奏者は探せば見つかると思うんですよ。ロンドンにいながら、そういう人達と一緒に音楽を作ることはできたはずだし、現地のミュージシャンとレコーディングする方法だってあります。このご時世、そういったアプローチをとるミュージシャンは少なくない。でも、僕はそういうアプローチを敢えて避けているんです。

―それはなぜ?

吉田:アフリカにしてもインドにしても、実際に行ったことがあるわけではないんです。だからこそ、そういう地域の音楽を異国のものとして捉えつつ、自分の音楽として表現してみたいんですよね。僕自身とそういった音楽の間にある距離感を保ったうえで、自分なりの解釈やもともと持ってるサウンドを落とし込みながら、オリジナルな作品に仕上げていくというか。

―その発想は、1950〜60年代に流行したエキゾチカやモンドミュージックのアプローチとも近そうな感じがしますね。マーティン・デニーやレス・バクスターみたいな、欧米人のオリエンタリズムに対する憧れとも共振するものがあるというか。

吉田:そうですね。自分が知らないものを知りたいっていう欲求が募って、それが作品に表れているという意味で、メンタリティー的にはすごく近いと思います。

―ただともすれば、それらの国々の音楽を剽窃していることになってしまう危険性もあるわけですよね。インドやアフリカ風の音階/リズムを取り入れるだけなら、音楽をある程度作ってきた方なら容易にできてしまうはずで。

吉田:僕自身、そこはかなり意識してるつもりです。そういう音楽に対して敬意が感じられないものにはしたくなかったので。オーセンティックであることが、必ずしも敬意を払っていることになるわけでもないと思うんですよ。僕がどれほどインドの音楽に夢中になってオーセンティックなものをめざしたとしても、本当にオーセンティックなものは絶対に作れないだろうし、自分のルーツを踏まえても、そういうものを目指すことが正解ではないと思うんですよね。むしろ、リスペクトを示したいのであれば、自分自身の解釈を示していくべきじゃないのかなって。

―それは日本で生まれ育ったこととは、あまり関係なさそうな気がするんですけど。

吉田:そうですかね? 日本のポップスにしたって、欧米の音楽に影響を受けながら発展してきたわけで。そういう間接的なものも含めて、日本人はみんな欧米のカルチャーと触れ合いながら育ってきたと思うんですよ。僕はアメリカの音楽もイギリスの音楽も「海外の音楽」として捉えているし、そういう意味ではインドやアフリカの音楽も変わりはない。そういうスタンスは、日本という島国で育ったからこそ培われた気がします。

―なるほど。今回の『コヒージョン』では、ボリウッドのホラー映画のサウンドトラックを参照されたそうですけど、ボリウッドだって元を辿れば、欧米の映画から影響を受けてきたわけですしね。

吉田:そうそう。インドの音楽にしても、最初は僕もラヴィ・シャンカールとかトラディショナルなものを聴いてたんですけど、いろいろ掘り下げていくうちに行き当たったのがボリウッドの映画音楽でした。それがピンときたのは、欧米の音楽に影響を受けた音楽だからだと思うんですよね。70年代のボリウッド音楽って、サイケ・ロックがすごく多いんですよ。でも、欧米のものにはないタブラのビートとかが入っていて、そこに折衷したエキゾチックさを感じたんです。


『コヒージョン』に影響を与えた楽曲を集めた自作プレイリスト

―その感覚って、山下達郎が今のヒップホップ世代にウケてるみたいな、いわゆるレアグルーヴ的なものとも近そうですね。

吉田:そうかもしれない。いまや「グローバル化」っていう言い回しすら時代遅れになっている感じもしますけど、それが当たり前になったからこそ、日本の古い音楽が海外の人たちに発見されているんでしょうし。僕がやってることも、結局そういうことだと思うんですよね。実際、僕が聴いているインドの音楽は、discogsで探しても出品されてないようなレコードばかりで。僕はそういう音楽を、SpotifyやYouTubeを通じて掘っているので。

―そういう意味では、今の時代ではないと作れない音楽だといえるのかなと。

吉田:ノスタルジックなものにはしたくないんですよ。過去の音楽からの影響を受けつつ、あくまでモダンなものを作りたい。そうじゃないとつまらないと思うので。ストリーミング全盛の時代だからこそ可能なアプローチ、そこから生まれたレコードだという点は自負しています。

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