エース・棚橋弘至が恐れる「プロレスブーム」の先にあるもの

─ビギナーをより大切に意識することは、プロレスに限らずエンタメ系のビジネスに共通するセオリーですしね。ただ、その一方で、今行われているようなスタイルの試合が、現在の新日本ファンの琴線に響いているのも事実。初見の観客の中にも、ケニー選手のようなスタイルの試合を観て、プロレスにハマった人が多いのではないかとも思うのですが。

棚橋:そこが、いちばん心配なところなんですよ。互いに試合内容を競い合うのは良いことだけど、だからといって無制限にエスカレートさせてしまうのは危険じゃないかなって。たとえば、誰かがトップロープから見事なダイブを決めて大歓声を浴びたとするじゃないですか。それを見た別の誰かが、負けじと今度はトップロープよりも高いラダーの上からダイブして、さらなる大歓声を浴びる。そうしたら、さらに負けじともっと高いところから……みたいなエスカレートって、確かにファンにとっては楽しいことかもしれないですよね。しかし、そんな競い合いの先に待っているのは何なのか。

─当然、もっと高い場所からのダイブが求められることになるんでしょうね。最終的には、ドームの天井まで行ってしまうかも。もちろん、そんなことはできませんが。

棚橋:でも、エスカレートする流れをどこかで止めなければ、いずれ観客はそこまでの“凄さ”を求めるようになっちゃいますよね。そこで、期待したものが観られないとわかったら、飽きてしまう。そのときに悪いのは誰なのかといえば、当然ファンではなくて、選手のほうなんです。


棚橋弘至(Photo by Shuya Nakano)

─「プロレス」というスポーツが持つ本来の魅力と枠組みを守るためにも、レスラーは試合内容に対し、ある程度の節度を持たなければならない、ということですね。

棚橋:今のケニーがやってる試合って、単に自分の身体能力の高さを見せびらかしているだけだから。もちろん、彼の身体能力は称賛に値するものだけど、プロレスは、技の“凄さ”を競い合うだけのスポーツじゃない。あのスタイルがファンを喜ばせているのは事実だとしても、レスラーは目先のトレンドに惑わされず、ひとつひとつの技に意味と魂を込めて闘う、いわゆる「人間力」の“凄さ”を競う試合をしなければならないんです。

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