ジェイ・Z『ザ・ブラック・アルバム』が確立した、セールスモデルの黄金律

『ザ・ブラック・アルバム』で、彼は過剰な成功に対する辟易を吐露してみせた。「言いたいことは全部口にした / これ以上俺に何を求めるんだ?」世界で最も有名なラッパーがモチベーションの枯渇を訴えるということは、単なるブラックユーモア以上の陰鬱さを滲ませていた。「俺以上に長く頂点に君臨した黒人はいない / ヒップホップだろうがポップだろうが、すべてはキングの気分次第」ジェイは「サムシング・フォー・ナッシング」をサンプリングしたビートに合わせてそうライムする。2003年当時、ソーシャルメディアはまだ黎明期にも達しておらず、音楽ファイルの交換は重罪と見なされ、ストリーミングよりもCDが重視されていた。当時、エミネムは今日まで続くスランプの始まりを迎え、50セントはかつての勢いをすっかり失い、カニエ・ウエストはシーンの頂点から遠く離れた場所におり、10代のオーブリー・グレアムはソープオペラ界のスターだった。

8枚目のアルバムとなった同作で、ジェイはキングとしての自身を賞賛する一方で、頂点を極めた者だけが知るフラストレーションを吐き出した。アンコールが欲しいかと問いかけた彼は、オーディエンスの返答を待たずして、自身をマイケル・ジョーダンとザ・グレイトフル・デッドと並べて語ってみせた。「12月4日」ではジェイの母親が彼の幼少期を振り返り、「99・プロブレムズ」では父親の死について思いを巡らせる。レトロなジャージから襟付きのシャツに着替える「チェンジ・クローズ」では、セクシーな大人の男性へと変貌した自身を主張してみせるが、最終的にはその着心地の悪さに音を上げる。

『ザ・ブラック・アルバム』において引退の2文字が現実味を帯びる唯一の瞬間、それが「99・プロブレムズ」だ。悪意に満ち、簡潔かつ完璧なやり方で怒りを表現してみせた同曲は、紛れもなく彼の最高傑作だ。評論家からラジオ局、各種メディア、そして警察までが、彼がキングとしての実力を見せつけた3分54秒の同曲を賞賛した。初期の彼を突き動かしていた怒りやエゴは、ビヨンセをガールフレンドにし、合衆国大統領と肘を付き合わせるようになった彼にはもはや無縁だった。それまでとは全く異なる人々から疑問符を向けられるようになった状況に、ショーン・カーターは正面から向き合ってみせた。

ジェイ・Zという存在の一部は、2003年に確かに姿を消した。現在のヒップホップが15年前と変わらず「陳腐だ」という声は少なくないが、それはもはや同ジャンルの魅力のひとつとなっている。ジェイはシーンに舞い戻り、現在もその最前線にいる。過去に例を見ないやり方でキャリアを築いてきた彼は、自身の商品価値を誰よりもよく理解しているのだ。

Translated by Masaaki Yoshida

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