2008年大統領選を回想、オバマが勝利した夜にディランが珍しく発言

ディランがその晩の2曲目『時代は変る』へ突入する前から、満員の約5000人のファンの熱狂的な興奮が爆発していた。「この夜、多くの歴史がこの曲に込められ、その引力に吸い寄せられないようにするのは不可能だった」と後にマーカスはGQ誌に書いている。「彼は歴史を、楽曲がリリースされてから現在に至るまでの長い時間と、それを検証しようとする時間の2つに分割した。哀歌としてのこの楽曲は、ひとつの警鐘になった。かつては、曲を聴く人々がその楽曲の物語る歴史を作る時もあれば作らない時もあった。しかし現在は、人々が歴史を作らねばならないだろう。そうでなければこの曲の存在価値がない」

マーカスの指摘するように、ディランの音楽は米国の歴史的な機会を捉え、1960年代のノスタルジアから解放された。この日コンサートを通じてオーディエンスは何度も同じような瞬間に遭遇し、「革命の起きる気配を感じる」という曲中のフレーズを、その晩の光り輝く瞬間にあてはめたいと待ち望んでいた。

コンサートの半ば、私にとってその日最も印象に残った曲がプレイされた。『ビヨンド・ザ・ホライズン』は、2006年のアルバム『モダン・タイムズ』に収録された1940年代スタイルのシンプルなバラードで、いかなる崇高な社会的宣言よりも私の心に響いた。選挙日の夜、その曲が歌う長きに渡り待ち焦がれた愛と輝く明日への想いが、最高潮に達した。

「欲望に突き動かされた/私はどうしたらいい?」と、寂しいブルーズと欲にまみれた叫びの合間にディランは歌う。ディランの歌うおとぎ話のような再会は、オバマが選挙までの1年半に選挙キャンペーン中に説いてきた国の結束や、私と多くの人々がその年の秋に信じようとしていた結束を象徴するものだった。

「地平線の向こう/裂け目を超えて」とディランは、独特のしゃがれ声で歌う。「真夜中頃に/我々は味方同士になる」

ディランのコンサート中に全米各地での投票が締め切られたが、オーディエンスはスマホを見ることもなく67歳のシンガーによるパフォーマンスに熱狂していた。まるでディランに、この国の進もうとしている方向を示してくれることを期待しているかのようだった。

大人になってからのボブ・ディランはずっと、真実を語る者の象徴とされることに反感を抱いていた。だからその日の夜、ディランがアンコールのためにステージへ戻り、オーディエンスに向かってその晩の出来事の重要性について自分の考えを口にしたことは、驚きだった。

パール・ハーバーとこれから起きる変化について発言したディランは、「彼はトニー・ガーニエ」と、長い間活動を共にしているベーシストを紹介した。「オバマというボタンを掛け、トニーはこれから新たな時代が来ると期待している。夜明けの時代だ」。

その夜のコンサートの最後の曲『風に吹かれて』が終わる頃には、大きな幸福感がオーディエンスを包んだ。オーディエンスの一部は投票結果をテレビで確認するため、会場のロビーに移動していた。ディランがオバマ大統領の誕生をステージ上で示唆してから10分も経たず、それは正式なものとなった。夜明けの時代がやってきたのだ。

「この国は変わらなかったのかもしれない」と後にマーカスは、オバマが大統領に選出された夜について書いている。「しかし歴史は間違いなく変わった」

ロビーに溢れたオーディエンスは、大学キャンパスのメインの中庭を見晴らすオーディトリアム外の広場に流れ出した。ドラムサークルが始まり、叫び声や歓喜の声が上がる。酔っ払った大学生もいれば、学生の親たちもいて、学生のように喜びあっている。「ノー・モア・ブッシュ!」と叫んで踊る者や「オ・バ・マ!」と口々に叫ぶ者もいる。

『風に吹かれて』の最後の音が鳴り止んで間もなく、バラク・オバマは400マイル先のグラント・パークのステージに立ち、何十万人という支持者に向かって語りかけた。

「この日をずっと待ち続けてきた。しかし今夜、ついに米国に変化が訪れた(Change has come to America)」とオバマは、サム・クックが『風に吹かれて』にインスパイアされて作った曲『A Change Is Gonna Come』を引用した。

それから10年経った今、失望と羞恥を覚えずにはいられない。それにもかかわらず、あの晩の純粋で楽観的な気持ちをずっと引きずっている。ディランが2008年11月4日に巻き起こった明るい将来展望の風潮に乗ったとしたら、たった1日であっても、我々が同じように感じたのは仕方のないことだろう。

ディランは時代の流れに後押しされ、2008年の夏に『アイ・フィール・ア・チェンジ・カミング・オン』をリリースした。しかしわずか数年で彼もまた、自分の感じた希望について考え直したことだろう。

マイケル・ギルモアは、あの夜、ミネアポリスでのディランに最も正直に説明している。

「私が何かコメントしたのは、たぶんそれがその場のその瞬間の理にかなっていたからだろう」

Translated by Smokva Tokyo

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