ランディ・ローズの死と失意のオジー...バーニー・トーメが見た1982年の真実

写真左からオジー・オズボーンとバーニー・トーメ:1982年撮影(Photo by Larry Marano/Getty Images)



しかし、何よりもステージでのパフォーマンスが最もつらかった。「最初のライブ(ペンシルバニア州ベスレヘム)は俺がやった中で一番つらいものだった。本当につらいなんてものじゃなかった」とトーメが言う。「でも、俺よりもランディ抜きでプレイする他のメンバーのほうがもっとつらかったはずだ。彼らがどうやって演奏できたのか、俺には想像もできない。特にオジーとルディはね。演奏だけじゃなくて、気持ちの面でも相当にこたえていたはずだから」

オジーとトーメが一番覚えているライブは、トーメが参加して3本目のニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)公演だ。「マジでシュールなライブだった」と、過去にオジーがこのライブについて語っていた。マディソン・スクエア・ガーデンはローズが楽しみにしていたライブだったのだ。

特にこの日はトーメにとって奇妙なことばかりだった。このツアーで使った城を型どったステージセットでは、落とし格子の門の前に置かれたドラムライザーの両端にトーメとソーザが立った。これは階段状のピラミッドになっていて、オジーはスモークの中から登場することになっていた。いつも通り、紗幕が上がる前にシャロンが幸運のキスをするためにステージ前方にいるオジーの向かって走ったのだが、このライブではオジーに近づけなかったのである。

「観客の中に花火か何かに火を点けたヤツがいて、それが紗幕の内側に入ってきて飛び跳ねた。そしてシャロンの首に当たって爆発したんだよ。パンって。俺の目の前でね」とトーメがその状況を語る。「シャロンは縫いぐるみみたいに倒れて血を流していた。2人のクルーが急いでやってきて、彼女を抱きかかえて舞台袖に消えていったよ。残されていたのはシャロンの血溜まり。俺はマジで彼女が死んでしまったと思った。しかし、この光景を目撃したのが俺だけだったってことが奇妙なんだ」

「それから10秒後に幕が開いて、トミーが『オーバー・ザ・マウンテン』を弾き始め、俺たちがそれに合流した」と言い、トーメは続ける。「オジーは何も知らなかった。っていうか、バンドのメンバーは俺以外、シャロンの事件に気づいていなかったし、(ライブが始まったため)オジーに教える暇さえなかった。ましてやローリング・ストーンズのキースみたいにミックに近づいて、『なあ、お前の嫁さんに何か当たったぞ』とか教えられる雰囲気のライブじゃなかったのさ。だから、クルーの一人がシャロンは大丈夫だって舞台袖から合図してくれるまでは、俺は気もそぞろだった。そんな状況だったけど、ライブ自体は良かったね。俺のプレイもかなり良かった。ただランディがMSGでのライブを楽しみにしていたことを知っていたから、俺にとってはかなり悲喜こもごものライブだったよ。あのステージに立つべきはランディで、俺じゃなかったから」

Translated by Miki Nakayama

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