ジミヘン『エレクトリック・レディランド』あなたが知らない10のこと

ジミ・ヘンドリックスの『エレクトリック・レディランド』が50周年を迎える (Photo by Bob Baker/Redferns)


8.    ヘンドリックスのイギリスのレーベルはアルバムのカヴァー写真に裸の女性を使うことを彼に知らせなかった


音楽的に完璧主義者であっただけでなく、ヘンドリックスは『エレクトリック・レディランド』のヴィジュアル面においても明確なアイデアを持っていた。翌年ポール・マッカートニーと結婚することとなるフォトグラファー、リンダ・イーストマンにニューヨークのセントラルパークにあるホセ・デ・クリーフトによる不思議の国のアリスの彫刻の上でジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスが子どもたちと遊んでいる写真を撮影してもらっており、ヘンドリックスはそれがアルバムのカヴァーに最適だろうと思っていた。「彫刻の上で俺たちと子どもたちが写っているカラー写真をフロントかバックか外側のカヴァーに使ってほしい。」と彼のアメリカのレーベル、リプライズ・レコードに依頼した。理由は不明だがリプライズはヘンドリックスの1967年のロンドンのサヴィル・シアターでのライブでカール・フェリスによって撮影された露光させた写真を使用した。そしてヘンドリックスのイギリスのレーベル、トラック・レコードはデイヴィッド・モンゴメリーによる19人のヌード女性の写真を使うというさらに挑発的で物議を醸すような方針をとったのだ。

1968年12月7日のローリングストーン誌のニュース記事によるとトラック・レコードによるアルバムのリリースは「イギリスのロンドンを除く地方の多数のレコード店で反発を受け検閲が行われた。」一方、ロンドンの卸売業者は茶色の包装紙でヌードを隠すことで販売を続けた。ヘンドリックスの言い分としてはトラック・レコードからアルバムのカヴァーに関する計画は聞かされていなかったということである。

「イギリス版のスリーヴに関しては何1つ知らなかったんだ。君も俺のことを知っているからわかると思うけど俺はそれでも気に入っているよ。ただ1つ残念なのはフォトグラファーがこの女性たちが醜く見えるようにしてしまったこと。この中には美しい女性もいるのにフォトグラファーが写真を魚眼レンズか何かで歪めてしまったんだ。ひどいことだ。そのせいでこの女性たちが不細工に見えてしまう。でもそれは俺のせいじゃない。」と1968年のメロディ・メイカー誌のインタビューで彼は答えた。

9.ヘンドリックスは完成したアルバムのサウンドに不満だった



ヘンドリックスは『エレクトリック・レディランド』をレコーディングするにあたって長時間をスタジオで過ごした。彼の24時間体制での作業にレコード・プラント・スタジオでは60,000ドル、オリンピック・スタジオでは10,000ドルもの費用がかさみ(2018年の価値換算で500,000ドル以上)残念なことに贅沢にファイナルミックスを行えるほどの予算は残されていなかった。リプライズ・レコードから作品を完成させるよう圧力をかけられ、彼はエクスペリエンスのツアー中にアルバムのミックスを行わざるを得なかった。

「両方に集中するのはとても難しいことだ。だから曇った感じに仕上がってしまった曲もある。曇っているわけではないけど低音が大きすぎる。自分たちでミックスし、プロデュースし全部やってきた。でもプレスする時になってごく自然にめちゃくちゃにされてしまった。彼らは俺たちが求めていたものをわかっていなかったからね。3Dサウンドが使われているところがあるんだけど全く意味がなくなってしまった。彼らが正しい扱い方を知らなかったから。彼らはそれが外れたフレーズだと思ったんだ。」とリリース直後のハラバルー・マガジンのインタビューで嘆いた。

10.  ローリングストーン誌はリリースに際しこのアルバムに良悪どちらも含んだレビューを出した



1968年の10月にリリースされた時には『エレクトリック・レディランド』のような音楽は他には一切存在していなかったので当時の多くの批評家たちの頭や耳がこの75分に及ぶ本物の素晴らしさを完全に理解できなかったとしてもそれはそれほど驚くべきことではない。1968年11月9日号のローリングストーン誌で『エレクトリック・レディランド』ついて書くこととなったトニー・グローヴァーはこのアルバムに対しての良悪の両面をはっきりと挙げた。すばらしい点としては(「ウォッチタワー」に加え)アルバムが持つ王道なブルースの雰囲気。しかし彼はヘヴィな部分に関してはあまり理解ができないようである。特に「1983」の“美しい海の中にいるようなムード”をヘンドリックスの泣き叫ぶようなギターがぶち壊していることを嘆いている。「私の最初のリアクションは、なぜ彼はこんなことをしなければならなかったのか、だった。しかしそれから私は思った。彼は美しいものを作り出したがそれに対する信念を失ってしまい、だから他の誰かに壊される前に自分でそれを壊したのだろうと。いろいろな意味で残念である。」とグローヴァ―は書いている。

しかし35年後、このアルバムはローリングストーン誌で正当な評価を受け、ローリングストーン誌が選ぶオールタイム・グレイテスト・アルバム500で55位を獲得したのである。

Translated by Takayuki Matsumoto

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