ヨ・ラ・テンゴの運命を変えたターニングポイント「パンクロックは誰にでもできるものではなかった」

ヨ・ラ・テンゴのアイラ・カプラン、10月10日の渋谷TSUTAYA O-EAST公演より。(Photo by Kazumichi Kokei)



ー僕は一種のスタジオマニアなのですが、ジェームズが狭いスペースで作業しているのをYouTubeで見ました。あれは彼個人の作業場なのでしょうか?

アイラ:いや、あれが僕たちのリハーサル・スペースだよ。全体が映らないように、ジェームズがあえて狭く見せたんだ。

ーあそこはいつから使っているのですか?

アイラ:『I Am Not Afraid of You and I Will Beat Your Ass』の曲が、あのスペースで初めて書いた曲だったから……2005年からかな。


英・FACTの企画「Against The Clock」による2018年の動画

ーそのスペースは、(バンドの地元)ホーボーケンにあるんですか?

アイラ:うん。

ーでは、みなさんは今でもホーボーケンに通っているのですね。

アイラ:そうだよ。

ーあの辺の街並みは変わりましたか?

アイラ:ものすごく変わったよ。最近になってやっと、今のリハーサル・スペースを今後も使えるという確信が持てるようになった。というのも、街がどんどん発展していくものだから、建物も取り壊して、高級コンドミニアムを建設するという話もあったんだ。だけど、少なくともあと1週間はあのスペースにいられそうだよ(笑)。

ーそうでしたか。Maxwell’sも閉店してしまったんですよね。

アイラ:ああ、そうだね。でもMaxwell’sは閉店せざるを得なかったわけではなくて、オーナー兼ブッキング担当で、仲の良い友人でもあるトッド(・アブラムソン)が、Maxwell’sが閉店した2013年のホーボーケンには似つかわしくないと思ったから閉めたんだ。ホーボーケンの街の一部という感じがしなかったし、集客するのも大変だったみたいだ。


ニュージャージーの地元テレビ局が報じた、Maxwell’s閉店のニュース。冒頭ではニルヴァーナがライヴを行い、ブルース・スプリングスティーン「Glory Days」のMV撮影に使われたことが紹介されている。ここでは1978年の開店以来、ホーボーケン出身のヨ・ラ・テンゴやフィーリーズを筆頭に、R.E.M.からストロークスまで多くの名バンドが出演してきた。

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