リル・ウェインとカニエ・ウェストが示す、ひとつの時代の終わり

それとは対照的に、カニエはこの10年間、抑えのきかない完璧主義者というイメージを積み上げてきた。意固地で、やたら感傷的な自惚れ屋。『グラデュエーション』以降の彼のキャリアは、可能な限りポップミュージックへパラダイム・シフトすることに突き動かされてきた。『8o8s & ハートブレイク』でも『マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー』でも『イーザス』でも、ポップの解釈のもとでラップを展開してきた。最小限で最大限の効果を生み、王道かつアヴァンギャルドなサウンド。決して満足することはない。ウェインが「この世で最高のラッパー」の座を目指したとすれば、カニエが目指したのは、ヒップホップを数あるジャンルのひとつではなく、唯一無二のジャンルになるまで突き詰めることだった。

カニエの愛弟子たちは、現在の音楽シーンを席巻するスターばかり。J・コールやトラヴィス・スコットは彼同様にプロデューサー兼ラッパーの道を歩み、両者がリリースしたアルバムは今年度の総合アルバム・セールス・ランキングで上位2位を占めている。『カレッジ・ドロップアウト』の申し子チャンス・ザ・ラッパーは、カニエの直系の後継者を自称し、永遠に忘れられた存在のアルバム『Good Ass Job』を蘇らせようとしている。そしてドレイク。初期にカニエが積み上げた献身と、ウェインの父親のような指導の恩恵を誰よりも享受した彼は、いまやヒップホップ史上最大のスターアーティストとなった。ウェストがアイデンティティの危機を強いられた原因のひとつには、時代の流れをほしいままにする彼の存在がある。

「敗れた『支配者』、『王座』を奪われた『王』」。カニエはニューヨークタイムズ紙とのインタビューで、ヒップホップ界での自分の立ち位置がどう変わったかを端的に語った。「そのとき思ったんだ、なるほど、世界一のラッパーは俺じゃなくてドレイクなんだ、って」

今年上旬にリリースされた『イェー』同様、突発的・挑発的ともいえる『Yandhi』のリリースは、カニエが築いてきた人物像を永遠に葬り去りかねない危険をはらんでいる。上院司法委員会でクリスティーン・ブレイジー・フォードの証言中に「アメリカをもう一度偉大にしよう」というお手製のロゴ入り帽子をかぶって現れたカニエは、TMZで悪評を買った過去の過ちを再び繰り返そうとしている。周囲からのアドバイスを振り切って、奴隷制度は抑圧の歴史ではなく、捉え方の問題だ、という発言を度々繰り返したことで、彼の信用性は失墜した。2018年のカニエは破れかぶれで、最後の賭けに出た感がある。セールス合戦ではリル・ウェインにトップの座を譲ったが(保険の契約書のようなツイートを発信した)、あのとき彼は、ひと世代後のカニエの後継者、ロジックが両者のセールスをはるかに上回るだろうなどとは、夢にも思っていなかった。

その点『Tha Carter V』は、ウェインが君臨していた過去の栄光を形にとどめておくという点で成功している。昔のようなバキバキにエッジの効いたアルバムというわけではないが――過去5年間のヒップホップ界で流行ったサウンドと大差はない――形としてはまとまっている。ノスタルジックで、栄光に満ち、胸に染み入る『Tha Carter』第5弾がつづるのは、幼少時代から30代まで生きがいとしていたものを奪われた男の半生。アルバムの最後に収録されている「Let It All Work Out」では、12歳のときに母親からラップを禁じられ、自殺未遂しようとしたエピソードがつぶさに語られている。

「銃を心臓に押し当てて、ふと考えた」と、胸の内を吐露するウェイン。「頭の中がいっぱいで、まともに考えらえられなかった。あまりにもズタボロで、心臓が脈打つところに狙いを定めた」

『Tha Carter V』のウェインは、彼が絶頂期を過ぎたかどうか観客が固唾をのんで見守る中、リングへ上がるボクサーのようだ。過去6年間、彼は自分のキャリアをコントロールするべく、所属レーベルや弁護士たちを相手に戦ってきたが、その間にも過去の栄光は過ぎ去り、新参者が大挙して押し寄せた。幸い、彼はそうした苦難に屈することはなかった。

全世界が見つめる中、史上最強のラッパーは再びリングに戻ってきた。そしてほんの束の間、再び王座を手に入れた。



Translated by Akiko Kato

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