「規律を守りつつ自由になる」チリー・ゴンザレスが語るピアノと人生の哲学

ー映画『黙ってピアノを弾いてくれ』について。あなたは以前から映画に興味を持ち、製作にも関わっていらっしゃいますが、ご自身のドキュメンタリー映画を製作するに至った経緯は?

ゴンザレス:これは僕が監督したわけじゃないからね。前に作った『Ivory Tower』の場合は、アルバムと対になっていた映画で、純粋にチリー・ゴンザレスの芸術的衝動から生まれたものだったけど。この映画は、誰かがよそからやって来て、外側から僕のキャリアについての、僕のアートに少し変化が起こった瞬間のストーリーを語ろうとしたものなんだよ。僕は6年ほど前に40歳になり、僕の人生において個人的にも芸術的にも少し変化があって、誰かが「チリー・ゴンザレスのストーリーを語るのは今だ」と思ったわけ。だから、その人にチャンスを与えることにしたんだ。映画を作る過程には僕も参加して楽しかったし、「この人に話を聞きに行ったらいいよ」とアドバイスしたり、「今日は面白いことやるから撮りに来れば?」と言ったり、さらには僕の全アーカイブへのアクセス権を与えたんだ。僕はビデオだとかの記録物はすべてしっかり残しておくタイプで、すごく几帳面なんだよ。

ー以前からご自身のことをエンターテイナーと仰っていますが、エンターテイナーとして完成した映画について、どう思われましたか?

ゴンザレス:まあ、ちょっと変な感じだったよ。製作は手伝ったけど、今後どこかで上映して僕も上映後のQ&Aに参加しなきゃいけない場合でも、映画はもう観ないだろうね。あんなに長い時間自分を観ているのが好きな人なんていないんじゃないかな。僕がやっていることというのは、ただやっているだけであって、それが他の人からどう見えてるかはあまり考えてないからさ。それを2時間も観続けるのは変な気分だよ。ハリウッド俳優のインタビューなんかを読むと、「自分が出演した映画は観ない」と言ってる人がいるけど、その理由が分かった気がする。巨大なスクリーンに映る自分をずっと観てるなんてさ。そのうち「俺の歯ってめちゃくちゃ変だな」とか「やっぱり20年前より老けたなー」とか、そういうところばっかり気になって健全じゃないんだよ。だから映画のことは本当に誇りに思っているけど、自分では二度と観ないと思う。でもすごくいい映画だから、ぜひ観てほしいね。



ー2018年は、他にも新たなチャレンジをされましたよね。「ザ・ゴンザーヴァトリー」の開設です。名前にまずウケますが、なぜ、ワークショップを開こうと? 何を若きミュージシャンに伝えたいと思われたのでしょうか?

ゴンザレス:まず、2010年に東京で僕のステージを観た人がいれば覚えているかもしれないけど、その時すでに僕はほぼ音楽の授業みたいなことをやってたんだよ。2014年にも本を出したし、時々ポップ・ミュージックについて話しているビデオをネットにアップしたり、たとえばテイラー・スウィフトの曲について話して、そこにどういった音楽理論が応用されているのか解説したりするんだ。それは僕にとってはすごく満足感があるんだよ。素晴らしい反応が返ってくるし、『あなたのような音楽の教授に教わりたかった』と言われたりしてさ。


テイラーの「Shake It Off」についてゴンザレスが解説。この「Pop Music Masterclass」シリーズでは、他にもダフト・パンク「Get Lucky」、クイーン&デヴィッド・ボウイ「Under Pressure」など新旧のヒット曲が取り上げられている。

ゴンザレス:僕は音楽の構造というものがたまらなく好きで、非常に興味がある。僕にとって音楽はおもちゃみたいなもので、子供の頃からバラバラに解体して遊んでたわけ。一体どういう仕組みになってるんだろうって。だからそれを観客とも共有するようになったわけだけど、それをさらに次のレベルに進めて、若いミュージシャン達と一緒に深いところまで掘り下げて、何か特別なメソッドを編み出せるかどうかやってみようと思ったわけ。ステージで演奏するというのは、規律を守ることと自由になることの奇妙な組合せでできているんだけど、それをどう教えればいいのかっていう。ただ自由にやるだけじゃ音楽の技術的な部分が欠けてしまうし、技術だけでは観客と繋がることができない。2018年に生きるミュージシャンにとっては、規律を守りつつも思い切ることが必要だからね。

そうやって世界中から様々なスタイル、様々な文化的背景を持ったミュージシャンを集めて、僕達には相違点よりも共通点の方が多いんだという、音楽のヒューマニズムみたいなものを実証したかったんだ。というわけでヒューストンから来たラッパーもいれば、ウクライナ出身のジャズのサックス奏者もいて、彼らは「ザ・ゴンザーヴァトリー」で、一緒に演奏したり、共通点を探るという課題を与えられたんだよ。


「ザ・ゴンザーヴァトリー」では、審査を通過したミュージシャンがゴンザレス及びゲストによるレッスンを1週間に渡って受講しつつ特訓。その模様は1日ごとにドキュメンタリーとして映像化され、招集時と卒業前に行われたコンサートもライブ配信されている。

ー実際に1週間にわたるワークショップで得られた手応え、成果は? 今後も続けられますか?

ゴンザレス:ああ、これから毎年やるつもりなんだ。本当に楽しかったし、7人のミュージシャン達が、ひとつの部族や家族のようになれる空間を生み出すことができたと思うし、それが目標だったんだよね。お互いを信頼して、一緒に時間を過ごして、あまりに楽しくてワークショップをやってることも忘れるくらいでさ。僕自身も友達と一緒に作ってて、仕事であることをすっかり忘れて楽しんだ経験があるから、それをこの7人のミュージシャンにも味わってもらいたかったんだ。ぜひ僕のウェブサイトに行ってワークショップの様子を撮影したビデオを観てみてほしい。非常に管理されていながらも冒険的な状況に彼らが置かれていて、そういう環境に身を置くことで才能を開花させていく様子が見られるよ。とにかくもっとやりたいんだ。今回は日本やアジアからの応募が少なかったから来年はもっと応募が増えてほしい。次の回は来年1月に募集開始するから、今度は日本から素晴らしいミュージシャンが参加してくれることを願ってるよ。

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