ブランドがラッパーに投資、ヒップホップがもたらす音楽業界の新たなマネーフロー

ヒップホップの人気によってブランドはラッパーとスポンサー契約を結んでいる

ブランドの広告塔としてパートナーシップ締結による収入を堂々と肯定する、ヒップホップの圧倒的影響力とは?ラップとストリーミングが支配する音楽業界の新たなビジネスモデルについて考察する。

金という普遍的な対象を除けば、グッチはラップにおける最も重要なキーワードだ。ラップのリリックにファッションブランドや商品の名前が登場することは少なくないが、中でもグッチの人気は群を抜いている。その名前を冠したグッチ・メインは言わずもがな、ソウルジャ・ボーイの「グッチ・バンダナ」、タイガの「グッチ・スネイクス」、ミーゴスの「アイム・グッチ」、レッド・カフェの「グッチ・エヴリシング」、そしてこの夏を象徴するヒット曲のひとつとなったリル・パンプの「グッチ・ギャング」等、ブランドへの愛をストレートに表明するケースは少なくない。英語で歌われるラップ曲を対象に調査したところ、グッチというワードはこれまでに約3000回登場しているという(「グッチ・ギャング」は2分という短尺でありながら、同ワードが51回にわたって登場している)。

2018年現在、世界最大の音楽市場であるアメリカにおいて、ラップは名実ともに最も人気のあるジャンルとなっている。それに伴い、手にした富を自慢する内容から散財の喜びを歌ったものまで、グッチとお金というキーワードがこれまでとは異なる文脈で使われ始めている。ドレイク、リル・パンプ、XXXテンタシオンに続く存在を発掘しようとレーベル各社が巨額の資金を用意する中、ヒップホップというジャンルはかつてない規模のマネーフローを音楽業界にもたらしている。一流ブランドから月並みなものまで、協賛やスポンサー契約といった形でミュージシャンを広告塔に起用する企業は後を絶たない。

「グッチとのスポンサー契約を望まないアーティストはいないでしょう」ブランドとのパートナーシップ締結を専門に扱うMAC Presents代表、Marcie Allenは本誌にそう語る。しかしそのハードルは極めて高く、トップクラスのアーティストでさえも実現できていない(オルタナティブでオーガニックなデザインを好むグッチは、広告に有名人を起用することは滅多にない)。それでも、ファッションや食品業界はもちろん、サービス業界から市場を急速に拡大しているeスポーツの分野まで、ヒップホップの圧倒的人気にあやかろうとする企業は無数に存在する。

「今は時代がヒップホップのアーティストに味方している。ブランドをスポンサーにつけるとセルアウトしたと見なされるという考えは、かつてはロックのアーティストに特有だった」ー MAC Presents代表 Marcie Allen

言うまでもなく、ヒップホップのアーティストが企業の広告に起用されること自体は、決して目新しい現象ではない。中でもアルコール関連の企業は有力なスポンサーとして、長年にわたって音楽業界を支え続けてきた。しかし去年の夏、ラップがロックに代わってアメリカで最も人気のあるジャンルとなったというニールセン社の発表を受けて、企業がラッパーを広告に起用する動きは一気に加速した。ラップに夢中のリスナー(消費者と言い換えることもできる)とお金が大好きなラッパーという構図は、そこに惜しみなく投資する企業の登場によって強化されるとともに、双方に利益が還元される有益なサイクルを生み出した。ニールセン社の発表が世に出て以来、若手ラッパーとのパートナーシップ締結を模索する企業からの問い合わせが絶えないとAllenは話す。「今はデータがすべてです。企業はマーケティングから導き出されたデータをもとに戦略を練っています。」彼女はそう話す。「ジェイ・Z、ドレイク、カーディ・Bといったトップクラスのアーティストだけでなく、より若い才能にも熱い視線が注がれているんです」

スプライトのCMに起用されたドレイクとヴィンス・ステイプルズ、ノーティカのアンバサダーに選ばれたリル・ヨッティ、ホリスターとスポンサー契約を結んだカリード、フォーエバー21の顔となったフューチャー等は、あくまでその一例に過ぎない。そういった存在の走りであるジェイ・Zは、これまでにリーボック、ノキア、バドワイザー、プーマ・バスケットボール(現在彼は同ブランドのクリエイティブ・ディレクターに就任している)等とパートナーシップを結び、ラップ界初の億万長者となった。業界で長く活躍するベテランたちは、ラッパーが大企業を次々とスポンサーにつけても求心力とファンを失わないのは、ヒップホップカルチャーの根底にハングリーさとDIY精神、そして富への執着心があるためだと主張する。かつてロックのアーティストたちにとって、スポンサー契約はイメージダウンに繋がるものであり、彼らは自らの経済事情について話そうとしなかった。しかしラッパーとそのファンにとって、富は成功の証に他ならない。

「今は時代がヒップホップのアーティストに味方しています」Allenはそう話す。「ブランドをスポンサーにつけるとセルアウトしたと見なされることを、彼らはよく自覚しています。そういった考えは、かつてはロックのアーティストに特有のものでした。例えばアデルは、企業とのスポンサー契約を一切結ばないことで知られています。ヒップホップの世界ではそういった姿勢は皆無です。彼らは自らキャリアの舵を取り、重要事項は自分で決定する、極めてビジネスライクな人々なのです」

Translated by Masaaki Yoshida

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