ジョージ・ハリスン「美しき人生」とシンクロする1973年が舞台の映画

映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』は全国順次公開中(2018 Twentieth Century Fox)

過去と現在をつなぐという意味でも、最近の映画やドラマの劇中歌が果たす役割は大きい。物語を盛り上げる「曲」にフォーカスし、そのメッセージや背景を掘り下げる連載「サウンド・アンド・ヴィジョン」。第三回目は映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』で使用された「美しき人生(What Is Life)」を取り上げます。

※この記事は6月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.03』に掲載されたものです。

キング夫人ことビリー・ジーン・キングは、1970年代最高の女性プロテニス・プレイヤーである。その知名度は日本でもとても高かった。なにしろ彼女は、あのテニス漫画の古典『エースをねらえ!』(執筆時期は1973~80年)の14巻に登場して、主人公の岡ひろみと対戦しているくらいなのだ。そこでの彼女は、ひろみに快勝しながら握手した際に「17歳で初めてウィンブルドンにでた時にね、わたしも1回戦で負けたのよ」と言って後輩を励ますという、女王の称号に相応しい人物として描かれている。

ぼくが最初に知った女性プロテニス・プレイヤーもキング夫人である。でも子どもながら彼女だけがなぜ特別な存在として扱われているのか不思議だった。それと謎がもうひとつ。彼女は女性と交際していることで知られていた。でもそういう人は普通結婚とかしないはずだ(同性婚という概念がなかった時代の話である)。なのに彼女はなぜ”夫人”と呼ばれているのか。しかしその謎の答えを知ることもなく時は過ぎ去っていったのだった。

彼女を主人公に据えた『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』を観て、その謎が何十年かぶりに解けた。舞台は1973年。集客力が同等でありながら男女の賞金に格差があることに抗議したビリー・ジーンは、仲間とともに全米テニス協会を脱退。新たに女子テニス協会を設立して独自の活動を開始する。男女同権を掲げたウーマン・リブと呼応したこうした動きは、世間の評判になっていった。

これをあえて否定して脚光を浴びたのが男性テニス・プレイヤーのボビー・リッグスだった。過去にはウィンブルドンでの優勝経験も持つ彼だったが、絶頂期は1940年代で、このときすでに50代半ば。冷静に考えればトップクラスの女子選手に勝てるわけがない。しかし彼は情報操作や心理戦を駆使して、年間三冠を獲得していた女性プレイヤー、マーガレット・コートを破ると、ビリー・ジーンに「バトル・オブ・ザ・セクシーズ(性別間の戦い)」を挑む。「本来絶対勝てる相手に絶対勝たなければいけない」。このプレッシャーがビリー・ジーンにのしかかることになる。それは今もなお存在する男女間の見えない差別そのもの。これに立ち向かったからこそ、彼女は特別な存在としてリスペクトされているのだ。



1973年は、彼女にとって人生の転機にもなった年でもあった。保守的な家庭に育ち、弁護士兼不動産業者のラリー・キングと若くして結婚していたビリー・ジーンは、美容師の女性アンドレアと恋に落ちる。そしてツアーを通じて自分のアイデンティティを確認していく。ふたりがドライブするシーンでカーラジオから流れるのは、ジョージ・ハリスンの「美しき人生( What Is Life)」だ。

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