1994年のビリー・コーガン「疎外感はない。みんなが何百万枚もレコードを売る時代だから」

1994年5月22日、オランダのランドグラーフで行われたピンクポップでパフォーマンスするスマッシング・パンプキンズのビリー・コーガン(Photo by Frans Schellekens/Redferns)



―自分のバンドの音楽の構成要素として使ったグループは何ですか?

8歳のとき、僕はブラック・サバスのレコードを聞いて、その時点から人生が完全に変わってしまった。彼らのレコードはマジでヘヴィだった。骨の髄までガタガタと揺すられる感じだった。そのフィーリングが欲しかったね。バウハウスとザ・キュアーからはムードと雰囲気を作る能力だ。空気の重みが増す。ジミ・ヘンドリックスからはギターを別の次元で解釈する能力だ。チープ・トリックからはヴォーカルへの影響。トム・ピーターソンが教えてくれたけど、リック・ニールセンは僕たちを「調子外れでメロディックさはゼロ」と言ってたみただよ。

―最近のロックスターは自分がロックスターでいたくないと世間に知らせたがるのはどうしてなのでしょう?

それの意味するところは、それの元々の意味が示す既存のシステムに巻き込まれたくないからだと思うよ。誰だって自分のプライバシーを侵害されたくないと思うもの。でも誰かが意図を持って「バンドを組んで、バンドを率いて、曲を作るぞ」って決心したら、あるレベルまではそれを欲しがるものだよ。まあ、それが何であれね。

―あなたがこの世代に持ち込んでいるものは何だと思いますか?

確実なのは、僕は政治的な変化を起こしたり、誰かを称賛するような存在じゃないってことだ。僕は気持ちを素直に表現している人間ってだけ。でも、そうしながら、触れることのできないボタンを押しているとも思う。これについてベッドに座って考えたことがあった。でも、結局は「ちょっと待て、これは笑っちゃうほど巨大なバンドだぜ。偶然の産物じゃない」って思うんだよ。

―お父さんがプロのギタリストだったことが、ミュージシャンになるというあなたの決断にどれくらい影響していますか?

ギターを弾きたいと思ったことに関しては、父の影響はほとんどない。でも、ミュージシャンシップに関しては、かなり影響を受けているね。父は本当に素晴らしいミュージシャンだ。パンクロックが唱えた演奏が下手な方がいいという風潮が世間を支配していたとき、僕はその影響を受けなかった。逆にミュージシャンシップに価値を見出す場所から僕は生まれているから。

―音楽に関してはどうでしたか?

どうして音楽をやるのかについては深くて強い信念がある。音楽は複数の技能が混じり合った一つの形態だ。僕は最高の楽曲を作りたい。成長するにつれて扱わないといけない問題が出てきて、それを扱う責任があると感じているよ。ファースト・アルバムからセカンド・アルバムの歌詞の変化を分析すると、僕が扱う素材やアイデアの真剣さや強烈さが増していることに気づくはずさ。

―自分個人にとっても強烈な素材やアイデアということ?

今の僕は前よりも大きなテーマやアイデアを提示できていて、それを自分の視点から書いている。もしかしたら、これは僕の世代の特徴と関係しているのかもしれない。今では何かの導き手みたいな感じでコメントできる準備ができたと思う。

―緊急を要する課題は何だと思いますか?

それは非常に些細な違いだ。自分自身の倦怠感と自分の世代の倦怠感の違いだし、自分個人の無関心と自分の世代の無関心の違いでもある。何らかの義務を感じると言っているわけじゃなくて、何かに入り込むことを望んでいる感覚があるってことなんだ。

Translated by Miki Nakayama

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