ビートルズ『ホワイト・アルバム』の原点となった音源「イーシャー・デモ」制作秘話

ロブ・シェフィールド著『Dreaming the Beatles』には、ビートルズが『ホワイト・アルバム』のデモを楽しそうに製作する様子が描かれている。 (Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images)


『ディア・プルーデンス』の終わりの部分でジョンは、プルーデンス・ファロウについて語っている。最後のギター・リックにかぶせてジョンが「リシケシュ、インディア」と語り始めると、他の皆はクスクス笑った。「誰もわからなかっただろうが、マハリシ・マヘシ・ヨギの庇護のもとで彼女は完全に狂暴化しようとしていた。周りの人々は、正気を失っていく彼女のことをとても心配した」ここでジョンは深く息をつき、「だから僕らは彼女に歌った」と続けた。

ビートルズにとって荒れ狂った時代で、数日間のうちに彼らの生活が変化した。1968年5月中旬、ジョンとポールはニューヨークへ飛び、アップル・コアの設立を発表した。そして5月14日、ふたりはザ・トゥナイト・ショーに出演したが、これが悲惨な出来事になった。番組には、『アイ・アム・ザ・ウォルラス』が嫌いなハリウッド女優のタルーラ・バンクヘッドが、インタビュアーのひとりとして出演していた。同番組はNBCの看板のひとつで、ジョンとポールはアメリカのトークショーで初めてインタビューに応じることになった。残念ながら司会のジョニー・カーソンは休暇中で、代わりにカージナルスのキャッチャーからスポーツキャスターに転身したジョー・ガラジオラがゲスト司会を務めた。ガラジオラはビートルズのことを何も知らず、ガラジオラ:「バブルが弾けたらどうしますか?」レノン:「見当もつかないね。今もバブルを期待し続けているし」というやり取りをした彼は、その年のテレビ出演の機会を失った。当時66歳のバンクヘッドはチェインスモーカーであり、有名なしわがれた声で、その冗談のやり取りをより面白くしようと一生懸命だった。「私は8年間イギリスで暮らしましたが、クリケットの試合を1度も観たことがなく、ルールも全くわかりません。それと同じように、彼らにベースボールを理解しろというのは無理がありますよね?」 マハリシに関してジョンとポールがコメントしても、ガラジオラには全く通じなかった。彼にとって“ヨギ”といえば、1955年のワールドシリーズで24打数10安打を記録した選手しかいないのだ。

しかし本当に大きな変化が訪れたのは、ジョンがイギリスへ帰国してから数時間後のことだった。ジョンは、オノ・ヨーコと一晩のセッションで『トゥー・ヴァージンズ』をレコーディングした。この時ふたりは初めてベッドを共にし、哀れな妻シンシア・レノンは朝食時に驚かされ、その後間もなく結婚生活を終えることとなった。1968年5月30日、『ホワイト・アルバム』のセッション初日、アビイ・ロード・スタジオのコントロール・ルームでジョンの隣に座るヨーコの姿に、他の3人のメンバーは唖然とした。それからずっと彼女は居座り、初日の『レボリューション1』ではジョンとマイクの前に立った。以降他のメンバーは、彼女を通じてのみジョンと話をすることとなる。彼女は、メンバーの中でポールにだけは適切に歓迎されたと感じていた。「ポールは私に対してとても優しかった」と6月4日の音声日記で述べている。「彼は敬意をもって接してくれた。彼は私の弟のように思える。もし彼が女性だったら、私と親友になれたでしょう。ジョンとポールとの間には強い絆があるから」



『ホワイト・アルバム』の製作中はメンバーが別々のスタジオで作業することも多く、バンドは苦悶の5か月を過ごした。メンバー間の確執は深まり、リンゴは1週間に渡りバンドを脱退した。あらゆる意味でイーシャー・デモは、ビートルズがバンドとしてレコーディングした最後の機会となった。“ゲット・バック/レット・イット・ビー”セッションで彼らは、このデモ・テープの精神を再現しようとしたが、逆に悲しい終わりを迎えることとなる。アルバム『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』にはイーシャー・デモから、『ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン』、『グラス・オニオン』、『ジャンク』、『ハニー・パイ』、『ピッギーズ』、『ミーン・ミスター・マスタード』、『ポリシーン・パン』の7曲が収録されている。その他の楽曲は未発表だ。

最も強く心打たれるエピソードのひとつは、「リシケシュへ向かいながら、俺はなんとなく夢見ていた」とインドについて歌うジョンの『チャイルド・オブ・ネイチャー』だ。3年後ジョンは、この曲のメロディを使ってヨーコへのラヴ・ソング『ジェラス・ガイ』を作った。しかしオリジナルの楽曲の中でジョンの歌う「俺は自然の子」は、ポールの『マザー・ネイチャーズ・サン』の精神に通ずるものがある。彼らシティボーイにとって自然は、ふたりに共通するファンタジーの世界であり、彼らが兄弟として再び帰ることのできる家族でもある。『チャイルド・オブ・ネイチャー』と『マザー・ネイチャーズ・サン』は、実際の自然を歌った曲ではないが、お互いに強く呼応し合い、彼らが壊してしまった全てのものを元通りにできるという夢でもある。イーシャー・デモの中では、結束した彼らによる最後の演奏を聴くことができ、友情の絆がビートルズを今なお強く結びつけている。

Translated by Smokva Tokyo

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