菅田将暉インタビュー「自分にとって音楽は<やり残したもの>という感覚がある」

最新シングル「ロングホープ・フィリア」をリリースする菅田将暉



ーもともと菅田さんは少年時代から、歌うことが大好きだったんですね。

菅田:そうそう、すごく好きだった。レンタル屋さんでCDを借りてきて“MY BEST!”みたいなMDをつくって……という生活が、変声期に上手く歌えなくなったことで一気に楽しくなくなり、そこから聴かなくなり。しかも高校の途中でひとり上京して芸能界の仕事を始めたんで、部活を3年間やることもなく、好きな女の子と電車通学をすることもなく……いつのまにか僕は、ヒーローになっていて(仮面ライダーシリーズの史上最年少ライダーとして2009年にデビュー)。まあ、恐らく音楽と離れていたのにはいろいろな要素が絡まっていて、あまり意識はしていないけれど、自分にとっての音楽は、どこかで“やり残したもの”“止まっていたもの”みたいな部分もあるのかもしれない。

ーそのように音楽と距離のあった菅田さんが、音楽で何かを伝えてみたいと思うきっかけになったミュージシャンのライブなど、あれば教えていただきたいです。

菅田:直接自分で観たライブではないですが、まだ志村さん(故・志村正彦)が生きていたときのフジファブリックが、志村さんの地元・山梨県富士吉田市のホールに凱旋して、彼らの代表曲のひとつ「茜色の夕日」を演奏するシーンでしょうか(フジファブリックLIVE DVD『Live at 富士五湖文化センター』に収録)。なんか、あのときに彼が話している内容がすごく好きです。

ーご自身でもまさに「茜色の夕日」をアルバムの中でカバーされましたね。

菅田:僕が最初にあの曲を聴いたのは『共喰い』という青山真治監督による映画の撮影中に共演者からすすめてもらったのがきっかけだったんですが、なんだかとても救われた想いがしたし、本当に自分にしっくりきて「こんな曲を書くなんて、志村正彦さんという人はすげえなあ」って、ただただ、圧倒されました。でも曲を知ってからしばらくして、先ほど話したライブ映像に触れたことで「あ、この曲の裏には、こんなにいろんなことがあるのか」という彼の想いの部分や細かいストーリーがさらに伝わってきて、ある意味そこにとても生身のリアリティがあったからこそ、さらに共感して。

ーシンプルな口ずさみやすいポップスの楽曲というよりも、フォークやロックに込められている切実な想いのような部分が分かり、さらに特別なものに感じられたんですね。

菅田:ですね。志村さんが山梨から上京し、ミュージシャンとして、プロとして音楽をやっていかなきゃと葛藤するなかでできた「茜色の夕日」では、初めて彼が住んだ高円寺の街の風景をジャケット写真にしているけれど、いつか地元に帰ってライブをしてこの曲を歌いたい、とずっと思ってきた、と。しかもそのときには身内だけでなく、自分たちの音楽を聴いてくれたファンの人たちが集った状態の地元でライブができればと夢見てきて、それが今日叶いました、というMCなんですけど……。本当に、なんて美しい物語なんだろうなあって。あれはなんか、今でも何度も観ちゃますね。

タグ:

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE