職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ

黒人のミュージシャンに楽器を始めたきっかけを聞くと、チャーチと返ってくる確率が実に高い。礼拝でゴスペルに親しむうち、子どもたちは自分もあれやってみたいと言い出す。教会にはたいていオルガンとドラムセット、なんならギターとベースまで揃っていて、言ってみれば無料のレンタル楽器つきスタジオかつ音楽教室みたいなものだ。貧乏な家の子でも楽器が始められるし、あと教会なら悪い遊びに走るまいということもあって、親としては安心感のある放課後の行き先となる。

そんでチャーチ育ちの奴らはとにかくバカテクが基本。なにしろ子ども同士なので、スケボーのトリックを競うように楽器の腕を競い合うことになる。例えばいまドラムの一大潮流となっているゴスペルチョップス系というのは、教会を舞台に変態的発展を遂げたテクニックを得意とするドラマーのことだ(チョップはテクニックと同義)。

そうしてるうちに芽が出た子には、礼拝の演奏にも参加するチャンスが与えられるようになるわけだが、ゴスペルって新曲がしょっちゅう投下されるわけではないので、いつもお決まりのレパートリーを演奏することになる。端的に言って、退屈してくる。

そこでメロディはキープしつつ、譜面と違うコードに付け替える遊びに手を染め始める。これをリハモナイゼーションと呼ぶんだけど、チャーチ上がりの子たちは総じてこのリハモ能力がずば抜けている。ボキャブラリーも豊富だし、理論から導けないくらい飛距離あるリハモを即興でどんどん繰り出してくるのだ。

いま若手キーボーディストとして誰もがトップクラスと認めるだろうコーリー・ヘンリーなんて、その超絶リハモの最先端。日本人だったらチャーチ経験のあるBIGYUKIをチェックすれば、曲の後半の繰り返しでコードがどんどん変わっていくのが聴けるだろう。

バカテク、超絶リハモに加えて、チャーチ出身にはマルチプレイヤーが多い。先のコーリー・ヘンリーとか、もちろんロバート・グラスパーでもいいけど、YouTubeを掘っているとドラムを叩いている動画が幾つもヒットする。それも並のドラマー顔負けなくらい叩けているのだ。

これは音大でゼミを取ったクリス・ロフリンが教えてくれたのだが、タダでいろんな楽器で遊べるという環境要因もさることながら、礼拝は毎週なにがなんでも行わなければならないので、誰かが欠席したらその穴をお互い埋めてなんとか乗り切ってしまうものらしい。

そういうタフさみたいなものが、チャーチ上がりのミュージシャンには当然のように備わっている。アメリカに来てミュージシャンの層の厚さをとにかく痛感させられるのだが、その苗床として日本にはないチャーチという存在は小さくないと感じる。ちなみにもう一つの苗床としてマーチングバンドがあって、その話はいつかまた。



唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ブルックリンに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。最近自宅の近くに事務所兼スタジオを借りまして、セントラルパークをもじって「GENTRAL PARK」と名付けました(GENTRALは「寝ぼけた」という意味のスラング)。twitter : @rootsy

◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」

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