ポール・マッカートニーの新作『エジプト・ステーション』、プロデューサーが語る制作秘話

ーレコーディングの開始前に、イメージするサウンド等について話し合いましたか?

そうだね。ビートルズの複数のアルバムを例に挙げながら、彼はムードやインスピレーションについて説明してくれた。ストレートなロックやアコースティックものもあれば、ブラジル音楽を思わせるものまで、彼のアイディアは多様だった。とにかくありきたりなものは避けるというのが大前提で、彼は新しいことに挑戦しようとしてた。『ハント』か『ハント・ユー・ダウン』か、どっちのタイトルに落ち着いたのか僕もまだ知らないんだけど、あの曲はいい例だと思う。あの曲のセッションで、彼はこう言ったんだ。「ギターはなしだな、ありきたりすぎる。代わりにチェロでやってみよう」

曲を一旦解体してから不可欠な部分だけを残すっていうのは、彼の常套手段なんだ。数多くの楽器を使ってる曲の中から、本当に必要な部分を見出そうとするんだ。「オーケストラ楽器ひとつとドラム以外を全部ミュートしてみよう。ギターのパートをベースクラリネットに置き換えてみよう」っていう具合にね。斬新なアレンジを求める彼に、僕はすごく共感してた。オーソドックスなスタイルで演奏することは簡単だけど、ポールは自分の限界に挑戦しようとしてたんだよ。

ーアルバムは『Station Ⅰ』で始まり、『Station Ⅱ』で幕を閉じます。この2曲について話してもらえますか?

2曲ともポールがキーボードで作ったコーラスワークが元になってるんだ。そのパートを聖歌隊に歌ってもらうために、デヴィッド・キャンベルにアレンジを手伝ってもらった。大きな教会でレコーディングしたんだけど、すごくクールだったよ。最初は彼と僕の2人だけでスタジオに入って、彼が温めてたコード進行をコーラスにするっていうアイディアを出したんだ。それからテープループなんかも使いつつ、2人でいろんなアンビエントノイズを作り出した。彼が持ってきたコンパクトなテープレコーダーは、『リヴォルバー』の『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』に使われたやつだったんだ。Brenellの小さなテープマシンさ。この2曲にはそのテープマシンで作ったサウンドが使われてるんだ、スロー再生のギターとかね。

ーそのテープマシンは『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』の制作当時に使われたものですか?

そのはずだよ。まだ若かった彼は当時、あれでいろんなことを試したらしい。「こうやればループ再生できる。再生速度を落とすとクールなエフェクト効果が得られるんだ」みたいな感じでね。ジョンも同じものを持ってたらしいよ。



ー『Despite Repeated Warnings』はとても壮大な曲だそうですね。

その通りだね。『バンド・オン・ザ・ラン』や『死ぬのは奴らだ』を思わせる部分もあるんじゃやないかな。アルバムには他にも、壮大で複雑なオーケストレーションやムーヴメントをフィーチャーした曲がいくつかあるよ。この曲のコンセプトはポールが決めたんだ。聴けば分かると思うけど、歌詞には彼の政治観が反映されているんだ。

曲の構成はポールがバンドとリハーサルを重ねながら決めていった。それから作業をロサンゼルスのスタジオに移して、僕は彼らと一緒にアレンジを練った。最終形態に落ち着くまでの過程は長かったね。この曲には大勢のオーケストラ奏者に参加してもらった。マッスル・ショールズのホーン隊をはじめとするブラスセクションも含めてね。5〜6つの異なる曲をひとつに束ねるみたいな作業だったから、すごく大変だったよ。7分近い曲なんだ。

ー『Happy With You』はどうでしょう?

これはシンプルなアコースティック曲だね。僕の個人的なお気に入りのひとつでもある。基本的にはアコースティックなんだけど、ポールが少しエレキギターを重ねてる。Fairchildのコンプレッサーを使ってるから、かなりビートルズに近い雰囲気が出てると思う。僕は機材オタクだから、こういう話をするのが大好きなんだ。シンプルなメロディも含めて、すごく好きな曲だね。

ー ブラジル音楽にインスパイアされた曲もあるとのことでしたが、それはどの曲ですか?

『Back in Brazil』だね。序盤にレコーディングした曲のひとつで、4〜5つの異なるバージョンを作った。ドラムのグルーヴを含めて、イメージ通りに仕上げるのに苦労したよ。最終的にオリジナルとはまったく違う曲になったんだけど、個人的にはすごく満足してる。エレクトリックピアノのパートをクラリネットに置き換えた部分があるんだよ。最初はドラムを含めたバンド編成でレコーディングしたんだけど、曲を解体して各パートをオーケストラ楽器で置き換えることにしたんだ。大きかったのは、(作曲家の)アラン・ブロードベントに編曲を手伝ってもらったことだね。ストリングスとクラリネット、それにフルートなんかのアレンジを担当してもらったんだけど、どれも素晴らしい出来なんだ。

ー すべてのレコーディングは過去2年間で、ツアーの合間を縫って進められたのでしょうか?

そうだね、彼がツアーに出ていない時に進める感じだった。実際にレコーディングに費やされた期間は4〜5ヶ月じゃないかな。午後12時〜18時っていう、無理のない時間帯に作業するようにしてたからね。

ー サセックスのスタジオはどんなところなのでしょうか?

周辺には何にもないんだ。正確な位置は僕も把握してないんだけど、広大な農地に囲まれたところだよ。

ー ベックやフー・ファイターズを含め、過去数年間であなたは様々なアーティストのプロデュースを手掛けています。今作の制作をスケジュールに組み込むのは容易ではなかったのでは?

スケジュールの変更が日常茶飯事だったことは確かだけど、ポールはいつもかなり早い段階で予定を立ててくれるんだ。彼がいつツアーに出ていつスタジオに入るのかを、僕は常に把握してた。彼は一度決めた日程を変更したりしなかったし、必ず予定通りにスタジオにやって来た。ベックなんかは直前になって予定を入れたりして、スケジュール調整が大変だったけどね。当時僕は複数のアルバム制作に携わってたんだ。

Translated by Masaaki Yoshida

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