エルヴィス・プレスリー最後のコンサート「1977年6月26日」にまつわる5つのエピソード

ポップス史におけるメモリアルデイとなった1977年6月26日、キングの最後のコンサートが行われた(Photo by Ronald C. Modra/ Getty Images)

ポップス史におけるメモリアルデイとなった、キングの最後のコンサートが行われた1977年6月26日。

波乱万丈だったエルヴィスの生涯について語る上で、重要な意味を持つ日程は決して少なくない。そのなかでも6月26日はキング・オブ・ロックンロール本人のみならず、彼に近しい人々にとって象徴的な日であり、1977年に彼が最後のコンサートを開催した日でもある。その7週間後に彼が42歳でこの世を去った時、史上最高のエンターテイナーの1人を失った悲しみに、世界中の音楽ファンが打ちひしがれた。



インディアナポリスのマーケット・スクエア・アリーナで開催された最後のコンサートで、終演を告げる「エルヴィスは会場を後にした」のアナウンスが流れる68年前の同日、彼のキャリアを支え続けた人物がこの世に生を受けたことはあまり知られていない。エルヴィスのみならず、カントリー界の伝説的存在ハンク・スノーやエディー・アーノルドを世に送り出したアンドレアス・コルネリス・ファン・カウクは、1909年の6月26日にオランダで産声をあげた。のちにトム・パーカーとして知られることになる彼は、カーニバルの呼び込み屋や音楽プロモーターを経験した後に、アーティストマネージャーとしてミシシッピ州テューペロ出身の若きシンガーと専属契約を交わし、ラスベガスの象徴である史上最高のエンターテイナーを育て上げた。エルヴィスがこの世を去るまで、パーカーはマネージャーとして彼のキャリアを支え続けた。

1954年6月26日、プレスリーとパーカーが出会う1年前のその日、時給1ドルでクラウン・エレクトリック・カンパニーのトラック運転手を務めていたエルヴィスは、メンフィスにあるサム・フィリップスのサン・レコードのオフィスに出向いた。前年の夏、エルヴィスが母親へのプレゼントとして、4ドルを支払って『マイ・ハピネス』をプライベートプレスにレコーディングした時から、フィリップスのアシスタントだったマリオン・キースカーは彼の才能に目をつけていた。その日プレスリーはギターを携え、フィリップスが偶然耳にしたというアフリカンアメリカンのプリズナーズというグループの曲『ウィズアウト・ユー』を数時間かけてレコーディングする。コントロールルームからフィリップスが見守る中、彼は他にも数曲をその場で披露したという。その2週間後、エルヴィスはサン・レコードとレコード契約を交わすことになる。

Translated by Masaaki Yoshida

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