エンジニアが語る、ローリング・ストーンズの巨大アナログ盤ボックスセット完成の内幕

ローリング・ストーンズの巨大アナログ盤ボックスセット完成の内幕(Richard E. Aaron)

アビイ・ロードのエンジニア、マイルズ・ショウェルがアナログ盤15枚のボックスセット完成の内幕を語った。「それぞれのアルバムが最強になったと想像してみてくれ」と、新たなコレクション用に15枚のLPをリマスタリングしたエンジニアは語った。

「このボックスセット、君がローリング・ストーンズに手渡さなきゃダメだよ」と、マイルズ・ショウェルが笑いながら言う。「彼らはずっと最前線を走っている。もう55年になるかな。今後同じことができるバンドもアーティストも絶対に出てこないよね?」と。

ショウェルは2017年の夏と秋を、文字通り40年に渡るローリング・ストーンズの歴史にずっと耳を傾けて過ごした。その結果が今回リリースされた『ザ・スタジオ・アルバムズ・ヴィニール・コレクション1971 – 2016』(6月15日発売/輸入盤のみ、オープン価格)。これは数量限定の高額ボックスセットで、1971年の『スティッキー・フィンガーズ/Sticky Fingers』から2016年の『ブルース&ロンサム/Blue & Lonesome』まで、合計15枚のLPを180グラムのアナログ盤にプレスしている。また、LP1枚ごとにオリジナル・パッケージのレプリカに入っているという念の入れようだ。『スティッキー・フィンガーズ』はジッパー付き、『メイン・ストリートのならず者/Exile on Main St.』は12枚のオリジナル・ポストカードの複製が付いている。しかし、ストーンズ・ファンにとっての最高のプレゼントはLPのサウンドだろう。ショウェルが採用したのはハーフスピード・マスタリングと呼ばれる手法。忍耐力が要求される骨の折れるリマスタリング作業のおかげで、アナログ盤といえども、オリジナル音源のパンチとグルーヴを維持しつつ、リッチで細部までしっかりと聞こえる素晴らしいサウンドの上できらびやかな高音部が聞こえてくる。

「スパイナル・タップじゃないけど、それぞれのアルバムがボリューム11までアップされたらどうなるか想像してみてほしい。今回のLPボックスはパワーが一つ上ってことだよ」と、ショウェルが説明する。「僕が目指したのもそれだった。それもオリジナル音源のフィールや空気感を損なうことなくね」。

マニアックなオーディオファンやアナログ盤コレクターでもない限り、ショウェルの名前を聞いてもピンとこないだろう。しかし、2013年以降、「アビイ・ロードでハーフスピード・マスタリングを行うならショウェル」と言われている評判のマスタリング・エンジニアで、ビートルズ、ザ・フー、クイーン、ポリス、マーヴィン・ゲイ、ABBA、エイミー・ワインハウスなど、アナログの再発盤を作るときに必ず名前があがるほどの信頼を得ている。ハーフスピード・マスタリングに熱心なショウェルの説明によると、ノーマルスピードの半分の速度で再生された音源を16 2/3 RPM(普通は33 1/3 RPM)で回転させたアセテートにカットする。こうすることで、アナログ盤をプレスするときにより多くの情報をカットできるというものだ。現在、ショウェルはノイマンVMS 80旋盤を使って自分の手でアセテートをカットしている。彼は1年半かけて(おそらく自腹で)このビンテージのノイマン製の旋盤を修復し、自宅に置いておくには大きすぎるため、現在はアビイ・ロード・スタジオに置いているという。

「この旋盤は35年前の新品のときよりも確実に良い動きをするし、これまで使ったどの旋盤とも比較にならないほど良い」とショウェルが絶賛する。「他のスタジオでは絶対しないような修復と改良に相当の時間と労力を費やしたけど、僕としては隠し玉が欲しかっただけさ」。

1984年からマスタリング・エンジニアをしていたショウェルは、米サンフランシスコにあるモービル・フェデリティ・サウンド・ラボ社(MFSL社)からリリースされているオーディオマニア垂涎の作品に触発され、15年ほど前にハーフスピード・マスタリングの実験を始めた。ちなみにMFSL社は1970年代にクラシック・アルバムをハーフスピード・マスタリングした枚数限定盤をリリースし始めたレーベルだ。ショウェルが言う。「この作業中に聞こえる音源はエンジニアとして心が折れそうになるレベルの酷さだよ」と、陰気な唸り声で半分のスピードの音源を真似てみせた。「でも、作業を終えてレコードをかけてみると、『マジかよ! 最高のサウンドじゃないか!』って感動する。それがあるから辛い作業にも耐えられるんだ。今日は強迫観念みたいなものだよ。とにかく、できるだけ良いサウンドにするために何でも試してみたいってだけだね」。

今回、ショウェルがストーンズの巨大ボックスセットが完成した舞台裏について教えてくれた。

―ストーンズのアナログ盤ボックスセットの作業を始めたのはいつですか? また完成にはかかった期間は?

去年(2017年)の今頃に連絡があって、8月半ばに作業を始めたと思う。ずっとこれだけやっていたわけではなくて、途中で中断しながら断続的に作業を行った。ここ(アビイ・ロード)で過ごす時間は長いんだけど、僕がいるのは週3日間なんだ。スタジオ内のルームを共有していて、他のエンジニアとローテーションで使っているからね。ストーンズの作業に関しては、そうだね、このスタジオにいる3日間のうち2日間を費やしたって感じだ。それが8週間続いたよ。つまり、トータルだと16〜18日間で、1曲の作業時間は14〜15時間だった。あと、ここでの作業の準備が必要だったから、それは自宅で行ったよ。この準備作業は異質なノイズを取り除いたり、音が落ちている箇所を修正したり、ディエシング(※歌声のs、z、ch、jなどの歯擦音を調整すること)したりなんだけど、これは自宅のワークステーションでもできるんだ。



Translated by Miki Nakayama

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