ジャネール・モネイが語る、セクシュアリティの秘密、プリンスとの関係

ジャネール・モネイ(Photo by Matt Jones for Rolling Stone)



子供の頃のモネイについて、家族や親戚たちの印象は一致している。彼女は生まれながらのスターであり、成長とともにその才能を開花させていったという。教会での礼拝中に、マイケル・ジャクソンの「今夜はビート・イット」を歌うといってきかない彼女が無理やり外に連れ出されたことや、奴隷解放宣言記念日に行われたタレントショーで、ローリン・ヒルの「ミスエデュケーション」を歌い3年連続で優勝したことは、数多いエピソードのうちの一つに過ぎない。彼女は学校のミュージカルでも常に主役だったが、高校3年生の時に『オズの魔法使い』のドロシー役を希望するも、職場に母親を迎えに行くためオーディションを棄権せねばならず、結果として役を逃したときの悔しさは今も忘れていないという。

ほどなくして、モネイはAmerican Musical and Dramatic Academyのオーディションに合格し、ニューヨークへ移り住んだ。彼女はいとこと小さなアパートをシェアしていたが、部屋に自分専用のベッドはなかったという。ミュージカル/演劇を専攻していた彼女は、授業以外の時間はアルバイトに明け暮れた。

しばらくして、モネイにとって理想的なカレッジライフを送っていた古い友達に感化され、彼女はアトランタへと移る。その街で彼女が過ごした日々のことは、これまでにも幾度となく語られている。キャンパスの中庭でギターを片手に、彼女はいつも風変わりなソウルを歌っていた。当時はオフィス・デポでアルバイトをしていたが、店のコンピューターを使ってファンからのメールに返信したことで、彼女は解雇されてしまう。「レッティング・ゴー」は、その出来事にインスパイアされて生まれた曲だ。

同曲を耳にしたビッグ・ボーイは、アウトキャストのアルバム『アイドルワイルド』で彼女をフィーチャーし、その後ショーン・コムズと引き合わせた。「正直に言うよ」。アトランタでのモネイのショーに招待された父親は、コムズが来るという話を信じていなかったという。「あのパフ・ダディが、そんなところに来るわけないって思ってたんだ」。それでも、ショーに招待されたことをうれしく思ったという。彼は薬物依存を克服したばかりで、父娘の関係は改善されつつあった。ジャネールが幼かった頃、彼は元妻から何度も娘の才能について聞かされていた。彼女にとって大きなチャンスだったそのショーに招待され、彼は誇らしい気分だったという。それでも彼は、そこにパフ・ダディが来るとは信じていなかった。

「いとこ2人と一緒に行ったんだけど、会場で娘からこう言われちゃってさ。『ちょっとパパ、そんなシワだらけのジーンズなんか履いて。完全に浮いちゃってるじゃない』」。服装に対するケチにムッとしつつも(それ以降、彼は常にジーンズのシワには注意しているという)、いとこの1人がステージ脇にコムズとビッグ・ボーイを発見したとき、彼は驚きとうれしさのあまり声を上げそうになったという。娘の新たな人生の門出となるその場に立ち会えたことに、彼は興奮していた。「スターってのはこういうもんなんだなって思ったよ」。彼は笑顔を浮かべてそう話す。「無数のカメラも豪華な照明も、全部ジャネールに向けられていたんだ」


Photo by Matt Jones for Rolling Stone

Translated by Masaaki Yoshida

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