メタリカ流の慈善事業、ラーズが語る支援活動から学んだこと

バンドとして初の「慈善の日」について語った、メタリカ・ドラマーのラーズ・ウルリッヒ (Photo by Mat Hayward/Getty Images)


「近い未来に大きな違いを生じさせる道を前進している気がする」

2〜3年前のことだ。アルバム『ハードワイアード…トゥ・セルフディストラクト』のライブ・キャンペーンを目前に控えた頃、そろそろ自分たちの善行を公にしてもいい時期になったと思った。加齢がシニシズムに勝ったのか? SNS経由で人々と結びつける今日の状況が影響したのか? まあ、理由は何であれ、自分たちが変えようと努力していることについて語ることも、それを人々に声高に伝えて協力を得ることも、身構えずに言えるという自然な心境の変化が起きたわけだ。そして誕生させたのが「All Within My Hands Foundation」である。

1年半後の現在、俺たちの基金はしっかりと活動している。まだ独り立ちに向けて歩を進めている最中だが、俺たちは近い未来に大きな違いを生じさせる道を前進している気がすると、自信を持って言える。

俺たちが前進している方向性は二つだ。メタリカが公演を行う市町村では、必ず地元の慈善活動や団体を一つ選択する。今のところ、そのほとんどがフードバンク、ホームレスのシェルター、危険にさらされている青少年のセンターなのだが、選んだ慈善活動や団体に売却済みのコンサートチケット1枚につき2ドル(約220円)を寄付するのだ。そして、これをSNSや地元メディアの取材などを通じて大々的に世間に知らせる。これは、俺たちのファンにも彼らの出来る範囲で慈善活動に参加してほしいという意図でやっているのだ。これを始めてから起きた予想外のことは、その土地にある地元の善良的な慈善団体の存在を地元の人々に知らしめるだけでなく、世界中に広がっているメタリカのSNSを通してアメリカ以外の国にも伝播したことである。

さらに、メタリカ・ファンにも対しても、地元の慈善活動に参加して他人を助ける行動を起こすように、俺たちは語りかけている。その手が汚れるくらいの手伝いをしてくれ。土や泥で真っ黒になった手ほどいい! メタリカにとっての「俺たち」や「家族」という単語は、俺たち全員をまとめる単語であり、自分よりも大きな大義を行いながら、みんなで仲良く前進することを象徴する言葉なのだ。

「その手が汚れるくらいの手伝いをしてくれ。土や泥で真っ黒になった手ほどいい!」

5月23日、俺たちはAll Within My Hands初の慈善の日を開催した。国中のメタリカ・ファンに声をかけて、彼らの地元のフードバンクを手伝ってもらい、俺たちの慈善プログラムに参加してもらった。この反響は予想を大きく上回るものだった。国中のフードバンクで手伝ってくれたメタリカ・ファンの情熱と無私の精神が本当に誇らしい。俺の受信箱に届いた報告書に記載されていた内容は、善意、善行、良い空気感、良いエネルギーに関するものだけだった。

人生の大半を一匹狼で過ごしてきた俺にとって、メタリカというファミリーに属しているという事実が、自分の中の帰属意識を刺激し、俺は一人じゃないと思わせてくれた。みんなも知っているだろうが、ハードロックという音楽ジャンルは、人や国によっては二流の音楽として見下されることがある。そんな背景もあって、ハードロック・ファンやメタル・ファンだって、他の慈善事業を行う人たちと変わらない優しさと無私の精神を持っていること、勝手に押された二流の烙印が間違っていることを証明できて嬉しく思っている。

数日前、メタリカの慈善の日にここサンフランシスコのマリン・フードバンクで(メタリカ・ファンの)ロバート・アルバレスという男と会った。彼の人生で最も大事な2つのことがその日同時に起きたと、彼は俺に話してくれた。つまり、ロバートはこのフードバンクで13年間ボランティアを続けていて、自分が住むコミュニティと家族の面倒を見てきたのが一つで、メタリカのレコードを全部持っている熱狂的なメタリカ・ファンということがもう一つだと言うのだ。

俺はこのロバートこそが俺たちのプログラムの本質を表わす最高の例だと思う。つまり、俺たちのファンに音楽という共通のプラットフォームを提供し、そこでみんなが地元のボランティア活動を知り、自分の幸運をみんなで共有して地域社会に還元するのだ。俺が最初に言ったように……幸運とチャンスは西洋社会に住む俺たちが当たり前だと見過ごしていることでもあるのだから。

聞き手:Kory Grow

Translated by Miki Nakayama

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