最後のワールドツアーが幕を開けたスレイヤー 野性を呼び起こすサウンドの秘密

1981年に結成されたスレイヤー(Photo by Alison S. Braun/CORBIS/Corbis via Getty Images)

スレイヤーのライブの熱狂度を伝える「逸話」はいくつもある。マディソン・スクエア・ガーデン内のフェルト・フォーラムでは、ファンが座席を壊し、火を点け、ステージに放り投げたことがあった。米デンバーでの公演では、ファンが熱狂しすぎたためにプロモーターが演奏を10分間中断し、トム・アラヤ(Vo, Ba)が観客に落ち着かないと演奏を続けないと告げたこともある。そして、悪名高きハリウッド・パラディアムでのライブ。ここでは200人程度のスレイヤー・ファンが入場を許可されなかったために凶悪な暴動が起こり、その全員がその後25年間同会場に入場禁止になった。

スレイヤーを体験するにはバンドを観る必要すらないと、ブラック・ダリア・マーダーのフロントマン、トレヴァー・スターナドが私に教えてくれたことがあった。スターナド曰く「スレイヤーを観に行ったら、まずトイレに行くといい。小便していると横の男がこっちを見据えて『スレイヤー!』と鼻先で叫ぶ。そうするとトイレにいる他の男全員が『スレイヤー!』と一斉に叫び始めるのさ。それがスレイヤーなんだよ」

サウンドがもっとヘヴィなバンドも、歌詞がもっと不快なバンドもいる。しかし、スレイヤーにはスレイヤーにしかない何かがあり、それがファンの内面にある「野性」を呼び起こすのだろう。不気味で破壊的なギターリフ、複雑なドラミング、アラヤの狂気のヴォーカルなど、他のバンドには真似できないスレイヤー独自のライブ体験を味わえるのだ。

ヘッドバンガーにとってスレイヤーのライブは通過儀礼だ。大音量に誇りを持つメタル好き、自称アンチ・キリスト教にとっては悪魔の交流会でもある。火の点いた座席が空中を飛び交わないにしても、彼らのライブは常に危険な雰囲気を醸し出している。

何千人というヘッドバンガーが「Evil Has No Boundaries」の最中に繰り返し「evil」と唱え、“Do you want to die!?”や“Praise, hail Stan!”などの歌詞でメロイックサインを高々と掲げ、「Raining Blood」「Angel of Death」「South of Heaven」などのヒット曲が演奏されると完全なトランス状態に陥る。これほどまでに熱狂的なファンが集まってできあがる雰囲気こそがスレイヤーのライブの醍醐味と言える。スレイヤーのファンに囲まれると、今いる場所以外の世界と完全に隔離された気分になるのである。

2018年、スレイヤーはバンドとして最後のワールドツアーに出陣する。アグレッシブな音楽を40年近く愛でてきた狂信的なファンたちに最後の別れを告げるのである。バンド活動をやめる決断はメタル界一の一本気なバンドにしては驚きの行動だ。これまで彼らは論争の中でも初心を貫き、検閲に逆らい、オリジナル・メンバーを失ってもバンド活動を続けてきた。

Translated by Miki Nakayama

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE