世界を制した映画『ブラックパンサー』監督と主演のエモーショナルな物語

「チケットの売れ行きは好調だって聞いたよ」。ボーズマンは笑みを浮かべてそう話す。「観客がそういう点に着目するかどうかは分からないけどね」

丸一日かけたプロモーションを終えたボーズマンは、ウェスト・ハリウッドにあるヒップホップバー、Dimeでくつろいでいた。彼の隣にはハワード大学自体からの親友であり、脚本執筆のパートナーでもあるローガン・コールズ、そして友人でありトレーナーでもあるアディソン・ヘンダーソンの姿がある。彼らが祝っているのは映画の完成だけではない。第一子を妊娠したコールズのパートナーが無事に8カ月目を迎えたのだ。「もうすぐ生まれるんだよ」。ボーズマンはそう話し、テキーラのグラスを掲げた。「新しい命に乾杯!」

バックでトゥパックとナズの曲が流れる中、彼らはバゲットを頬張りながら今後の予定について話し合っていた。今夏公開予定の『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』では、地球侵略を目論むエイリアンたちに立ち向かうべく、ブラックパンサーはキャプテン・アメリカとタッグを組む。しかしボーズマンは、執筆作業の再開を何より楽しみにしているという。彼とコールズは、ボストン出身の閣僚とアンチ・ギャングを掲げる活動家を巡る物語の脚本執筆を控えており、彼は同作への出演を希望しているという。また現在2人が台本の編集に着手している、1970年代に起きたハイジャックをテーマとする『Expatriate』では、オスカーを受賞したバリー・ジェンキンス(『ムーンライト』)が監督を務めることが決定している。

ボーズマンにはやりたいことがたくさんあるという。「僕らのカルチャーには、ハリウッドが認めようとしない優れた物語がたくさんあるんだ」。彼はそう話す。「知られざる偉大な黒人についての物語を書きたいと思ってる。スペインのムーア人とか、ヨーロッパにおける黒人の歴史に触れるものをね。ポルトガルでは町の至るところに、黒人の偉人の肖像が立ってるんだ」。ボーズマンはそう話す。「僕らの祖先はそこにいただけじゃなく、ヨーロッパにおけるあらゆることに多大な影響を与えたんだ」

「何だか不思議な気分だよ」。コールズはそう話す。「ベッドフォード=スタイベサントのカフェで、僕らがなけなしの金でコーヒーを飲んでた頃のことを思えばね。夜遅くまでそこで執筆してたんだけど、知り合いだったその店のオーナーがよくスープを出してくれた。あの頃は彼がスーパーヒーロー・ムービーの主役になるなんて、想像すらしなかったよ」

ウェイトレスが運んできたテキーラのおかわりを受け取り、ボーズマンはもう一度ショットグラスを掲げた。「映画の完成に、そしてその素晴らしい出来に乾杯!」

解散直前になって、ボーズマンは不意にこう言った。「オックスフォード大の留学資金を出してくれた人のことだけどさ」。ラシャドから相談を受けて援助を申し出た人物のことだ。「留学から帰ってきて、その人物にお礼の手紙を書いたんだ」。彼はそう話す。「あのとき援助してくれたのは、デンゼルだったんだよ」

彼が話しているのは、もちろんあのデンゼルのことだ。「そのときの学生が僕だなんて、彼は思いもしないだろうけどね」。ボーズマンはそう話す。「彼にとっては人助けのつもりだったんだろうけど、僕はその人物が彼だと知って、礼を言わずにはいられなかったんだ」。今もその手紙を保管しているか、あるいは並外れた記憶力を持ち合わせていない限り、ワシントンは20年前に援助をした大学生のことを覚えてはいないだろう。「彼と対面するのが待ちきれないよ。面と向かって礼を言いたいからさ」

彼がその事実を伏せておこうとしたことには理由がある。「誰かに貸しがあることを公にしたい人間なんていないだろうからね。そういう人々は、困っている人には手を差し伸べるべきだと考えるんだろう。でも今朝になって気付いたんだ、彼は僕の現在について知る由もないんだって」。そう話す彼は笑顔を浮かべた。「僕が立派に独り立ちしたってこともね」

Translated by Masaaki Yoshida

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE