世界を制した映画『ブラックパンサー』監督と主演のエモーショナルな物語

マーベル映画史上初の黒人監督となった、ライアン・クーグラーの規格外な成功物語

数日後、ロサンゼルスのシアターで『ブラックパンサー』のワールドプレミアが開催された。バルコニーでポップコーンを頬張るドン・チードル、階段で知人と拳を突き合わせるローレンス・フィッシュバーン、きらびやかなタンジェリンカラーのスーツに身を包んだドナルド・グローヴァー、「wakanda forever」のプリントTシャツを着たジェイミー・フォックスなど、そこにはハリウッドの黒人俳優の大半が集っているかのようだった。上映中には歓声が沸き起こり、笑い声を上げる者もいれば涙を流す人間もいた。終了後にはスタンディングオベーションが何度も繰り返され、参加者たちは歴史的瞬間に立ち会った喜びを分かちあっていた。

その週の後半、クーグラーはビバリーヒルズにあるホテルのバルコニーで、あらためて達成感を噛み締めていた。「さすがにプレミアでは感極まったよ」。彼はそう話す。彼が招待したベイエリアに住む家族や友人約50人の中には、彼の祖母がそうであるように、車椅子に乗った高齢者たちの姿もあった。「彼らが楽しんでくれているかどうか、上映中ずっと気になってた。正直落ち着かなかったよ」

クーグラーがマーベル映画史上初の黒人監督となったことは大きく取り沙汰されたが、彼の過去について知る人間はまだ多くない。巨額の制作費が投じられた作品を手がける監督としては、31歳というのは異例の若さだ。「彼は我々が共に仕事をした監督の中で最年少だ」。マーベルのファイギはそう話す。「素晴らしい才能の持ち主だよ」

若き天才の過去2作は高く評価されている。オークランドの地下鉄のプラットフォームで、黒人男性のオスカー・グラントが銃器所持のあらぬ疑いをかけられ、うつぶせのまま警官に射殺された事件を描いた2013年作『フルートベール駅で』は、サンダンス映画祭で賞賛を集めた。『ロッキー』のスピンオフ作品として製作された、少年院上がりの青年がボクシングに生きがいを見出す2015年作『クリード チャンプを継ぐ男』は、商業的成功と評論家たちからの評価を同時に勝ち取り、クーグラーの名声を確固たるものにした。両作で主演を務めたジョーダンは、5年前に90万ドルという低予算のインディ映画を「ガムテープで補修されたカメラ」で撮っていた2人にとって、2億ドルの予算が投じられた作品の撮影に臨んでいる状況は「非現実的」でさえあったという。 

「現場での転換中には、よく彼とこんなふうに声をかけあったもんさ。まるで夢を見てるみたいだ、ってね」

クーグラーは撮影中、ストレスばかりで楽しむ余裕はほとんどなかったと本音を漏らす。「毎日現場に足を運んでは、目の前の状況に圧倒されてたからね」。彼にとって、『ブラックパンサー』はこれまでのキャリアで最もパーソナルな作品だという。意外にも思えるが、彼はこう説明する。

「ジェームズ・キャメロンが『タイタニック』の製作について語るインタビューを観たことはある?」。彼は筆者にそう問いかけた。「彼に『タイタニック』を撮らせたのは、大海原への憧れだったんだ。彼はあの映画を撮ることで、しっかりとお金を稼ぎつつ、海底に眠る沈没船の残骸をその目で見るっていう個人的な希望を叶えようとしたんだ。映画史に残る傑作を生み出したのは、ある人間の好奇心だったんだよ」

『ブラックパンサー』には数多くのテーマが存在する。家族、責任、父子関係、逞しい女性像、移民、国境、難民問題。黒人であることと、アフリカン・アメリカンとして生きる意味。そして世界の市民という概念。

同時に本作は、量刑に不当な下限を設け、かつて大陸間における奴隷売買を促したアメリカという国についての映画でもある。登場人物の1人が劇中で口にする「リーダーたちが暗殺され、コミュニティがドラッグで汚染される」世界は、我々が生きる現実にも存在する。また、ある別のキャラクターは、死の間際にこう言い残す。「私の先祖たちは船から身を投げた。奴隷になるくらいならと、自ら死を選んだのだ」

オークランドで育ったクーグラーが多感な時期を迎えていた頃、彼の父親はサンフランシスコの少年院で勤務していた。「YGCっていうんだ。ユース・ガイダンス・センターの略だよ」。クーグラーはそう話す。「未成年が収監されるところだ。酷いところさ」

21歳になったばかりの頃、クーグラーもまたその場所で働くことになった。「サンフランシスコ市民の大半は白人とアジア人だ。にもかかわらず、少年院の中にいるのは黒人とヒスパニックばかりなんだよ。彼らは不当に長い懲役を言い渡されてた。面会に訪れた家族たちは口を揃えてこう言ってた。『子どもたちはこんな環境で生活させられているの?』。こんな状況じゃ更生なんて期待できるはずもない」

荒れた家庭環境、警察による過剰な取り締まりと不当な懲役、黒人の若者たちを犠牲にする雇用機会の不均等など、クーグラーが手がけた最初の2作品におけるテーマの数々は、すべてYGCで目の当たりにした現実に基づいている。そしてそれらは、『ブラックパンサー』にも反映されている。ジョーダンが演じるキルモンガーは、ワカンダ王室から追放され、オークランドで孤児として育てられ、やがてアメリカの秘密工作員となった。キルモンガーはティ・チャラから王の座を奪い、ワカンダの富と兵器を手中に収めることで世界中を巻き込む暴動を起こすべく、母国への潜入を企てる。「俺が育った場所では、黒人たちが社会に対して声を上げたとしても、権威に立ち向かうための武力も資金も持っていなかった」。彼は劇中でそう発言する。彼の目的は世界中の黒人たちを武装させ、「力を握っている人間どもを消し去る」ことだ。

ボーズマン同様、ジョーダンはキルモンガーを演じる上で、マルコム・Xやマーカス・ガーベイ、ヒューイ・P・ニュートン、フレッド・ハンプトン、トゥパック・シャクールなど、さまざまな実在の人物からインスピレーションを得たという。「オークランドで育ったこの黒人の青年は、両親の愛情に触れず、施設に入れられ、強制的に自分を抑圧する社会の一部にされてしまう」。ジョーダンはそう話す。「(キルモンガーと同じ)アフリカン・アメリカンとして、僕には彼の怒りが理解できる。どんな手を使ってでも目的を果たさねばならない、そういう使命感もね」

ボーズマンにとって、キルモンガーとティ・チャラは硬貨の裏表のような存在だという。ティ・チャラ自身も戦闘に身を投じるという点こそ違えど、その関係はマルコムとマーティンのそれに近いと捉えている。武力衝突か対話か、革命か和平締結か。「対立を解消する方法について、僕はずっと自分なりに考えてきた」。彼はそう話す。「でもそれが目に見える形で実現することはなかった。対話を重ね、辛抱強く相手の考えに耳を傾ける。それでも解決の糸口が見えないとしたら、人々はただ泣き寝入りするのか? 少なくとも、この映画のキャラクターたちはそうじゃない」

言い換えれば、本作は純粋なスーパーヒーロー・ムービーとしても楽しめるということだ。だが物語の背景に、500年以上に渡る社会的抑圧が存在することは覚えておくべきだろう。

Translated by Masaaki Yoshida

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