アヴィーチーの死因は自殺、家族が声明を発表

アヴィーチーの家族は彼の死に関する声明文を出した (Photo by Jason Merritt/Getty Images for Tribal Brands)

アヴィーチー名義で活動していたスウェーデン人DJ兼プロデューサーのティム・バーグリングの死因は自殺だった。「彼は真意、人生、幸せについて非常に思い悩んでいて、平穏を求めていました」と、アヴィーチーの家族が述べた。

アヴィーチー名義で活動していたスウェーデン人DJ兼プロデューサーのティム・バーグリングの死因は自殺だった。バーグリングの家族は彼の死に関する声明文を出し、その中で「彼は真意、人生、幸せについて非常に思い悩んでいて、平穏を求めていました」と述べた。

声明文は続く。「私たちの愛するティムは探求者でした。実存的な問いへの答えを探し続ける繊細な魂を持ったアーティストでした。期待以上の成功をおさめてしまった完璧主義者の彼は、極端なストレスを抱え込むほどのペースで世界中を旅しながら、一生懸命仕事をこなしていました」と。

バーグリングは2010年代初頭にポップス界を席巻し始めたEDMムーヴメントの最前線にいた。エタ・ジェイムズの「Something’s Got a Hold on Me」のサンプルを挿入した2011年のヒット曲「レヴェルズ」はジャンルを超えたスマッシュヒットとなり、多くの国の音楽チャートでナンバー1となった。2013年には、EDMとカントリーをブレンドした「ウェイク・ミー・アップ」でソウル・シンガーのアロー・ブラックとタッグを組み、ホット100で4位まで上昇した。

それから数年間、バーグリングは片時も休むことなく音楽活動に没頭し、コールドプレイ、マドンナ、ロビン、メジャー・レイザー、ダフト・パンクなど、多数のアーティストたちとコラボレーションを行った。その一方で、過酷なツアー・スケジュールを維持し、年収が2800万ドル(約30億円)となった2014年にはフォーブス誌が選ぶ最もギャラの高いDJで世界第3位となったのである。

しかし、バーグリングにとって音楽業界との関係や彼自身の成功は手放しで喜べるものではなかった。そして、人気絶頂の2016年にツアーから撤退する。彼がその決断に至った理由を、家族は「幸せになるために人生バランスを見つけるためであり、彼が一番好きなこと、すなわち音楽を作るためでした」と説明している。

「世界中を飛び回って演奏できるなんて本当に恵まれているとわかっている。でも、アーティストとしての人生が大きくなりすぎて、人間としての人生がほんの少しになってしまった」と、当時バーグリングは述べていた。実際にツアーをやめる決断をするために長い間悩み続け、友人と一緒に車でアメリカを横断している最中に、それまでと違う考え方ができるようになったとも言っている。「しばらく葛藤していたことがあって、それを変えなきゃいけないと気付くきっかけになった」と語っている。

バーグリングの家族が新たに出した声明文には、アヴィーチーは自分の仕事に対して葛藤とためらいがあったと記されている。「ティムはビジネスマシンとなっている自分に違和感を感じていました。彼はファンを大切にする思いやりを持ちつつもスポットライトは避けたいという繊細な心を持っていました。ティム、あなたは永遠に愛され続け、あなたの死は惜しまれることでしょう。そして、あなたの人となり、あなたの音楽は永遠に生き続けます」と。

バーグリングは4月20日にオマーンのマスカットで遺体となって発見された。享年28歳。死の直後に家族が出した声明文には、「ティムの音楽を愛してくれたみなさん、彼の曲を覚えていてくれるみなさんに、私たちはとても感謝しています。集会を行ったり、彼の音楽を教会の鐘で鳴らしたり、コーチェラでの追悼、世界各地での黙祷など、ティムを追悼するためにみなさんがしてくれたことのすべてに感謝しています。

Translated by Miki Nakayama

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