写真家・鋤田正義が明かすボウイ、清志郎との撮影秘話

写真左からイギー・ポップ、鋤田正義、デヴィッド・ボウイ 映画『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』より (c)2018「SUKITA」Partners


―そして『ヒーローズ』のジャケット写真は世界中を魅了しましたが、改めて、あの写真の魅力とは何だと思いますか?

あのとき、ボウイと一緒にいて、彼自身が新しい何かを模索している感じがしたんです。その模索している何か、変えようとする何かが写っているんだと思います。そこには時代背景があったと思うんです。これを撮影した77年に、僕はロンドンへ行ってパンク・ドキュメンタリーを撮りました。75年にセックス・ピストルズらが出てきて以来、あの時期のロックの世界にはパンクの季節が始まっていたからです。それで、撮影時、ボウイの衣装に革ジャンを用意したんですけど、ボウイも「革ジャンがいい」って言って喜んで着たんです。若いパンクの世代にメッセージでも送っているのかなっていう空気を感じたんですね。

―なるほど。

面白かったのは、革ジャン以外は普段着のままで、しかもその服がボロボロだったんです(笑)。ボウイが履いていた、だいぶ擦り切れたコーデュロイ・パンツも一連の写真に写っています。でも、そんなことはお構いなく、撮影中はポーズで遊んでいましたね。ボウイ自身、テーマとしてパンクに共通する何かがあって、それを狙っていたんだと思います。そのときのボウイは、異様という言葉は当てはまらないかもしれないけど、少なくとも出だしの頃のヴィジュアルで勝負していたグラムロックの時とは心の準備が違っていたと思うんです。僕が最初にボウイをロンドンで撮った72年はグラムロックが盛り上がる時期で、その渦の中にボウイもいたわけですが、そのときとは全然違う空気でしたから。

―なるほど。ちなみに、シャッターを切る瞬間は何を切り取る感じなのですか?

結局そこにカメラがあるだけで、会話しているのと撮影は一緒のような気がします。会話だと言葉として成り立つけど、間にカメラが入ると写真として成り立っているだけで。でも、若い時はやっぱり演出することを大事にしていた時期もありました。撮り続けていくと演出してもいい写真は撮れないんじゃないかなって思いだしたんですよね。この77年のボウイの撮影は、圧倒的に彼がポーズでしゃべってきているんですよ。だからどんどん撮るしかない。押され気味って言うんですかね。演出なんかしても意味ないというか。


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―それぐらいボウイの表情が饒舌だったと?

ええ。それだけ何かが彼の中に溜まってたのか、『ヒーローズ』を含むベルリン三部作に自信を持っていたんだと思います。それと背景にパンク・ムーブメントもあったので、彼自身、何かを壊したかったんでしょうね。その彼の異常な表情を僕もキャッチしたいと思って、キャッチ出来たのがあの写真なのもしれません。この撮影と写真からポートレート写真の奥深さを勉強した気がします。

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