プリンスの死、刑事事件として立件せずに捜査を終了

2016年4月21日ミネソタ州チャナッセンにあるプリンスの自宅兼スタジオで享年57歳で逝去したプリンス (Photo by Neil Lupin/Redferns)


19日の記者会見でメッツは「プリンスの死因は処方されたパーコセットではない」と述べ、シュレンバーグ医師とフェンタニルのつながりは一切見つからなかったと続けた。

しかし、4月19日、シュレンバーグ医師は米連邦地検の民事和解に同意したと、ミネソタの最大手地方紙スタートリビューンが報じた。この和解の条件はシュレンバーグ医師が罰金320万円を支払うことで、罪状は「スケジュール2の規制薬物を処方された人物以外が使用することを承知の上で処方したとする規制物質法違反」。それに加えて、同医師は今後2年間、米麻薬取締局の監視下に置かれることにも同意した。ちなみにこの和解書にジョンソンの名前は一切登場しない。

米連邦検事グレッグ・ブルーカーは「医師は我々が信頼を置く医療のプロで、合成麻酔薬が社会問題となっている現在においては、彼ら医師は問題解決の一端を担うべき存在である。免許を持つプロとして、医師は処方業務の高度な説明責任を持つものだ。処方薬物が常用癖を誘発する鎮痛剤の場合はなおさらである。連邦検事局と麻薬取締局は、規制物質法に従わない医療サービス提供者に対しては即座に措置を講じるつもりである。我々は、合成麻酔薬の乱用を排除できるのであればいかなる手段も厭わない」と明言した。

シュレンバーグは「異議のある債権の妥協」によって民事和解に達した。つまり、同医師は自身の法的責任を認めてはいないのである。

シュレンバーグが最初にプリンスを診察したのは、プリンスの「手足が無感覚になったり、痛みでうずくことがあり、その前夜に嘔吐した」時であるとメッツは説明した。そのとき、診察を終えたシュレンバーグはビタミンDと吐き気止めの薬を処方した。

それからすぐ、ジョンソンからシュレンバーグに連絡があり、今度はプリンスに鎮痛剤を処方するように頼まれた。その後、アトランタでのコンサートからの帰路、プリンスは飛行機の中で意識を失った。これは死を引き起こした偽のバイコディン錠が原因と思われるが、プリンスの治療のため、飛行機は緊急着陸を余儀なくされた。このときは、着陸後に緊急医療スタッフがプリンスの蘇生に成功している。

その後、ジョンソンは再びシュレンバーグに連絡を入れ、「プリンスのアヘン製剤の服用を心配している」と相談している。シュレンバーグが再びプリンスを診察したとき、彼は「アヘン製剤の離脱症状」についてたずねた。このとき、シュレンバーグは点滴静脈注射を行い、血圧の薬と抗ヒスタミン剤を処方し、プリンスのマネージメントに「薬物依存の治療を手配するべきだ」と伝えた。

2016年4月21日、プリンスの血液検査の結果を持って、今後の治療の話し合いを続けるために、車でペイズリー・パークへと向かった。彼が到着したとき、プリンスは既に死亡していたのだった。

Translated by Miki Nakayama

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