環ROY「ラップをきっかけに知った見方と対話の重要性」:80年代生まれの焦燥と挑戦

環ROY(Photo by Yoshiharu Ota)

「ミレニアル世代」という言葉が市民権を得て久しい。アメリカで1980〜2000年初期に生まれた世代のことを指し、これからの経済を動かすとされている若者たちだ。日本でも同様に「バブル」「ゆとり」「さとり」と常にそれぞれの世代は名前を付けられがちだが、ふと自分たちの世代にはこれといって名前が付いていないことに気づく。今回、ジャンルを問わず花開きつつある30代の方たちと、じっくり話してみることにした。

第7回 環ROY

2017年に環ROYがリリースした5枚目のアルバム『なぎ』。周囲には常にジャンルレスにさまざまな表現者が共存し、ラッパー/音楽家としてのあり方も自在に操っているように見える。1981年生まれのラッパーに内在する興味や問い、求めるものは何なのか。それらを探るべく、話をしに向かった。

「誰かと共同作業をすることは、違う世界観の人と交流することだと思っています」

ーそもそも環さんが音楽を始められたきっかけは何でしょう?

環ROY:中学生の頃に、ラジオから流れてきたラップ音楽に出会って面白いなと思い好きになりました。好きすぎてマネしているうちに、自分で歌詞を作ったり、歌い回しを考えたりするようになりました。ずっと学びながらここまで続けてきている感じです。

ーこれまで基本的にインディーズでずっと活動してこられていますね。

環ROY:はい。こだわりがあるわけではなくお誘いを頂くことがなかったのでずっと単独でやってきました。メジャーが嫌だなんて思ったことはないですし、何かを避けていたわけでもないです。いま振り返ると、ラップは社会や他人とつながるための方法だったんだと思います。作品として人に聴かせていくなかで、トライアンドエラーを繰り返しいろいろ学んでいっている感じです。作ったものを聴くことで自分を知っていくこともできるように思います。

ーヒップホップの枠にとどまらない活動もされていますね。2016年にはダンサーの島地保武さんとコラボレーションしたりと、ジャンルにとらわれずに挑戦をしているように感じられます。

環ROY:誰かと共同作業をすることは、違う世界観の人と交流することだと思っています。そういう考え方なんだ、とか、そういう見方でやっているのか、と自身のやり方と比べることで、あらためて自分を考え直すきっかけになると思います。なんというか自分とは違う世界観で生きている人の国を見学に行くような感じなんです。旅行に似ていると思います。例えば日本の道端で寝転がっていることって違和感がありますけど、インドに行けばそういうもんなんだってなるじゃないですか。自分の国では当たり前だと思っていたことが、別の国へ行くことで当たり前じゃないと気づくみたいな感じです。

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