史上最も売れたアルバム『スリラー』の制作秘話:MJとクインシー・ジョーンズの情熱

『スリラー』の制作は、ジャクソンの作曲によるポール・マッカートニーのデュエット曲『ガール・イズ・マイン』のレコーディングとともに本格化した。(2001年に再発された同作のスペシャルエディションのライナーノーツによると、そのレコーディングが開始したのは1982年4月14日(水)の正午だったとされている))

レコーディングに先駆けて、ジャクソンとジョーンズはアリゾナ州タクソンにあるマッカートニーが所有する牧場を訪れ、リハーサルはもちろんのこと、共通の趣味であるアニメを一緒に楽しんだという。ジャクソンは1988年発表の自伝『ムーンウォーク』でこう語っている。「ポールにアプローチしたのは、『オフ・ザ・ウォール』に収録された『ガールフレンド』で力を貸してくれた彼に恩返しをしたかったからだ」

しかしマッカートニーは当初、同曲のスイートなムードに懐疑的だった。中でも「ちくしょう」という言葉の使用にはとりわけ難色を示したという。「はっきり言って安っぽいね」彼はそう認めている。「マイケルにそう伝えたよ。でも彼が求めていたのは奥深さではなく、リズム感とフィーリングだったんだ」

「この曲の中で、僕らは一人の女性を巡って争ってる」ジャクソンはそう話す。「あの言葉が自然に浮かんで、しっくりきたんだ」

ジャクソン本人から依頼され、『スリラー』の数曲でギターを弾いているTotoのスティーヴ・ルカサー(当初はその依頼を冷やかしだと思ったという)は、『ガール・イズ・マイン』のレコーディングのことをはっきりと覚えているという。「マッカートニーとのデュエット曲のレコーディングは、もはや非現実的だった」彼はそう話す。「マイケルとクインシーとマッカートニーが同じ空間にいるわけだから、当然現場はスタッフやセキュリティでごった返してた。コントロールルームにはジョージ・マーティン(ビートルズのプロデューサー)とジェフ・エメリック(ビートルズのエンジニア)、それにディック・クラークがいて、僕らは足を踏み入れる機会さえなかった。尋常じゃない緊張感だったよ」

決してハイライトとは呼べないものの、アルバムにおける小休止的な役割を担っている

『ガール・イズ・マイン』を、マイケルは「必然のファーストシングル」と位置づけていた。『ムーンウォーク』で彼はこう説明している。「他に選択肢はなかった。否が応でも注目を集めるビッグネームのコラボレーションは、ああやって先に出しておく必要があった。そうしないと、アルバムの他の曲が影に隠れてしまう可能性があったからだ」

レコード会社は同曲を、歴史的名盤となる『スリラー』の世界制覇の足掛かりと捉えていた。「我々はあのアルバムがもたらす衝撃の規模を把握しようと努めていた」1984年当時のエピック・レコード社長、ドン・デンプシーはそう話している。「ポール・マッカートニーとのデュエットは、海外に及び始めていたマイケルの人気を一気に拡大する絶好の機会だった」(しかしクインシーによると、人種の異なる2人と女性を巡るロマンスというテーマをよく思わない人間もいたという。「ポールとマイケルが一人の女性を奪い合うというストーリーが気に入らなくて、曲を敬遠したラジオ局もあった」)

マイケルの直感は的中し、同曲はポップチャートで2位、R&Bチャートで第1位を記録した。ビートルズのメンバーによるR&Bチャート制覇という話題性に加え、ジャクソンの旧レーベルであるモータウン所属のマーヴィン・ゲイによるカムバックシングル『セクシャル・ヒーリング』をトップの座から引きずり降ろしたことも、そのインパクトに拍車をかけた。

『ザ・ガール・イズ・マイン』がシーンを席巻していた頃も、ジャクソンはアルバムのレコーディングを続けていた。彼とジョーンズは何百という楽曲に耳を通し、アルバムにおける理想的なレンジとバランスを見つけ出そうとしていた。その中から採用された『スタート・サムシング』は、『オフ・ザ・ウォール』の制作時に原型が生まれたと言われている。軽快なグルーヴと渦巻くようなアレンジが魅力の同曲は、『スリラー』の中で最も前作の作風に近い。同曲をアルバムの冒頭に持ってきたのは、そういう理由からに違いない。しかし恐怖感とパラノイアを垣間見せるジャクソンのリリックは、明らかに前作には見られなかったものだ。(君は野菜 / みんなの嫌われ者さ / まるでビュッフェの一品のように、やつらに食い荒らされるんだ)

同曲におけるもうひとつのハイライトは、カメルーンのサックス奏者マヌー・ディバンゴによるプレ・ディスコ・クラシック、『ソウル・マコッサ』で聴けるアフリカン・チャントのバリエーションだろう。「あれを耳にしたマイケルがすごく気に入ったんだ」ジョーンズはそう話す。「マヌー・ディバンゴの曲だからダメだって言ったんだけど、『でも気に入ったんだ!』って聞かなくてね」(ディバンゴは作曲者としてクレジットはされなかったものの、協議の末に示談が成立している)

ロッド・テンパートンが手がけたルーズにスイングする『ベイビー・ビー・マイン』(ジョーンズは同曲のメロディがジョン・コルトレーン風のプログレッシブ・ジャズを思わせると指摘している)、そして『スターライト』という無難な仮タイトルがつけられていた2曲も、『スリラー』の制作初期にレコーディングされている。

Translated by Masaaki Yoshida

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