田中宗一郎と宇野維正が語る2017〜2018年の洋楽シーン後編

田中が「2017年のロックでベスト」と語るファーザー・ジョン・ミスティ(Guy Lowndes)


2017年は、グライムを筆頭に英国のアンダーグラウンドが花開いた年でもある。(田中)

宇野 ところで、エド・シーランってどうでしたか?

田中 え、いきなりなんで?(笑)

宇野 同時代のシーンの動きに鈍感な今の日本の洋楽リスナーにとっても、エド・シーランとブルーノ・マーズはビッグな存在じゃないですか。逆に言えば、そのエド・シーランがビヨンセと共演したり、マルーン5経由でケンドリック・ラマーを知ったり、そういう文脈が日本のリスナーにとって、(洋楽を広めるうえで)ある種のブレイクスルーになりうるんじゃないかと思うんですよ。

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エド・シーラン『÷(ディバイド)』

田中 実際、エド・シーランは重要だと思います。まあ、今回だって、別に大したレコードじゃないんだけど。

宇野 うん、全然ね。

田中 ただ、この北米と北欧中心の時代にあって、彼は自分がイギリスのアーティストなんだという矜持を持っている。2017年というのは、グライムを筆頭に英国のアンダーグラウンドが花開いた年でもあるんですよ。個人的にも10年ぶりくらいに英国の音楽を貪るように聴いたんだけど、エド・シーランはそういうアンダーグラウンドの流れとつながってるんだよね。彼は2017年ブレイクしたグライム新世代のラッパー、ストームジーとも仲が良くて、世界的にメガ・ヒットした「Shape Of You」にしても、彼のリミックスがあったりする。


エド・シーランとストームジーの「Shape Of You」セッション映像

宇野 そういう文脈もあるし、「Shape Of You」はトロピカル・ハウスであり、ダンスホールでもあるわけですよね。

田中 その通り。2017年の英国で一番刺激的だったのは、ジャマイカ産のダンスホール・レゲエと、ここ10年間ずっとロンドンのアンダーグラウンドで培われてきたアフロビート――フェラ・クティの時代のアフロビートとはまた別物なんだけど、その二つを合体させたアフロ・バッシュメント(AfroBashment)と呼ばれるジャンルなんですよ。だから、「Shape Of You」はそういう流れもきちんと意識しつつ、それを一番ポップでウェルメイドに仕上げた。その流れも踏まえれば、『÷(ディバイド)』がただフォーク・シンガーが、売れ線のポップスに歩幅を合わせただけのレコードではないっていうのが見えてくる。

宇野 それって、リアーナがディプロの曲を評して“エアポート・レゲエ”(空港で流れてるレゲエ)とディスった、その流れを踏まえているわけですよね?。

田中 この辺り、国や都市、ジャンルや時代の流れが交錯しまくってて、すっごくややこしいんだよね(笑)。だからこそ面白いんだけど。2016年〜2017年にかけて、トラップと同じくらい大流行したリズムがダンスホールでしょ? 最初にやったのは(ディプロが参加する)メジャー・レイザー、2015年の彼らのメガ・ヒット「Lean On」だよね。で、さらにその流れを爆発させたのが2016年の夏、ドレイクの「One Dance」。後者の曲で一緒にやってるのが、ウィズキッドっていうナイジェリアのシンガーで。この辺りに英国を経由とした西アフリカと、ジャマイカ移民が多いドレイクの出身地であるカナダ・トロントとのコネクションが見えてくるんだけど。で、それと前後して、ヴァースにドレイクを呼ぶ形で、リアーナが「Work」を作った。この曲もアデルに負けて、グラミーを逃しちゃったんだけど2016年屈指の1曲だったと思うんですね。ちなみに、この曲は、ボーイ・ワンダ(Boi-1da)っていう、やっぱりドレイクの作品に携わってきたカナダのプロデューサーが手掛けていて。

宇野 そうですね。


J・ハス『Common Sense』

田中 で、俺が2017年一年、「これ何なんだろう?」と思いながら、とにかく夢中になって聴いたのがJ・ハスの『Common Sense』なんですよ。彼はグライム新世代のラッパーなんだけど、彼のアルバムを聴いたり、他を掘ったりする中で、ようやくいろんな背景が見えてきて。というのは、これまでUKの音楽を更新させてきたのはジャマイカだったじゃない?

宇野 まぁそうですね。90年代のトリップ・ホップもそうだし、もっと昔のパンクや2トーンもそうだった。



田中 マッシヴ・アタックもそうだし、ジャングルもグライムも、どれもジャマイカ音楽とは切っても切れなかった。でも、今のUKはガーナとかナイジェリアからやってきたアフロ・ディアスポラの存在が大きくて。だから、そこに西アフリカのサウンドがクロスオーバーしだしている。つまり、そういう英国での新しいクロスオーバーに北米からいち早く目を付けたのがドレイクなんですよ。彼の『More Life』という作品って、スケプタやギグスみたいなグライム・ラッパーを呼んでるでしょ? 

だから、そんなふうに聴いていくと、見事にすべてが繋がっていちゃうんですよ。ムラ・マサがチャーリーXCX とやった「1Night」とか、2016年のネイオ(NAO)のアルバムとか、「The xxのジェイミーがヤング・サグとポップカーンと作った曲はホント早かったんだな!」とか、2017年になってメジャー・レイザーが一緒にやったナイジェリアのシンガー、ミスター・イージー(Mr.Eazi)がウィズキッドのレーベルと契約してたり、その曲でフィーチャーされてるフレンチ・モンタナがJ・ハスと互いにリミックスをやってたりとか。「うわー、全部、つながってんだな!」っていう。で、そのすべての中心にドレイクがいたっていう。


Drake『More Life』

宇野 あのレコードには南アフリカのプロデューサー、ブラック・コーヒーも参加してますしね。僕も『More Life』はかなり重要な作品だと捉えています。それにドレイクやジャスティン・ビーバー、ウィークエンドとみんなカナダ人で、それがUKとのリンクにも繋がっている。ドレイクが南アフリカのハウス・シーンと繋がったのも、ヨーロッパを経由してるから。

田中 ポップ音楽の歴史を紐解くとカナダって常に重要で、例えばニール・ヤングやザ・バンドとか、アメリカの伝統音楽をもう一回新しくした人たちってカナダ人なんですよ。ゼロ年代のアーケイド・ファイアにしたってUSインディの起爆剤の一つだし。アメリカにはない、独自のパースペクティブでポップスを更新させるポジションとしてカナダは機能してきた。

宇野 それこそジョニ・ミッチェルだって、プリンスからジェイムス・ブレイクに至るまで、アーティストたちの重要なインスピレーション源になってきたわけですしね。

─じゃあ『More Life』が用意したパースペクティブとは、具体的にどういうものなんでしょう?

田中 画期的だったのは、彼がこの作品を“アルバム”ではなく“プレイリスト”と呼んだこと。RapCaviar全盛の時代に、他人がSpotifyで作ったプレイリスト経由じゃなくて、自分のアルバムをどう聴かせるかっていう着想ですよね。ストリーミング時代の寵児がその次を目指そうとした。実際にプレイリストの名にふさわしく、新しい才能やサウンド――さっきから名前を出てる人たちを紹介してるんですね。それこそ、『More Life』を出す前に、彼はスケプタのレーベルと契約を結んだんだけど、そうやって英国とのコネクションを強化してたんです。

─さらに、ミーゴスのクエヴォやヤング・サグ、カニエ・ウェストといった面々も参加しているんですよね。そのシームレスな感覚も“プレイリスト以降”というか。

田中 ですね。ただ、そういった英国中心に起こっていたことを見ていたのはドレイクだけじゃなくて。例えば、J・ハスの「DidYou See」という全英9位になった代表曲があるんだけど、俺がこの曲を知ったのはBlonded Radioなんですよ。

宇野 フランク・オーシャンの目利き力はすごいですよね。Blonded Radio経由で、英国のインディ・コレクティブ、スーパーオーガニズムが全世界で発見されたり。



田中 ホントにすごい。ジャンルとか国籍とかまったく関係ない。RapCaviarとはまったく違う文脈や才能を世界中に発信してる。もはや単なるR&Bシンガーとかってことじゃないんですよ、彼は。これまでザ・ストリーツやイギリスのラッパーたちが国外で長らく評価されてこなかったことを思うと、J・ハスの音楽をアメリカのメディアやラッパーが賞賛することになった経緯にも確実に関わってるわけだから。

宇野 『More Life』に話を戻すと、この作品はいろんな変化を象徴していると思うんですよ。まず、(ストリーミングの普及で)アルバムとミックステープの境界線がなくなってきているなかで、『More Life』のようにジャケットのアートワークでオフィシャルに“プレイリスト”を謳うものまで出てきた。そうやって現在は、アルバムという概念がエキサイティングな形で溶けてきている。次に、自分がSpotifyを使いだしてから痛感したことがあって。日本だと未だにCDからストリーミングへの移行っていう話が語られることが多いけど、海外ではその段階はとっくの昔に超えていて、今はiTunesみたいに音楽を管理する時代が終わろうとしていて、ライブラリが意味を成さなくなってきている。要するに、所有の概念がフィジカルどころかデータでも揺らいでいる。

─CDやmp3を所有しなくても、定額制の料金さえ支払えば、いくらでも音楽を聴けるようになったわけですしね。

宇野 今は、音楽もみんなスマホで聴いてるし、自宅にはスマートスピーカーが導入され始めている。そういう環境で『More Life』のトロピカル・ハウスや、エド・シーランの「Shape Of You」を聴いてみると、それらの曲は下の音域がなくて、メロディアスで、なおかつ気持ちいいビートが刻まれているという、スマートスピーカー時代に一番適合した音作りをしていることに気付く。アルバムの概念がなくなり、ライブラリーの概念がなくなり、音楽の聴き方がスマートスピーカー的なものになっていく。これが何を意味するかというと、ポップ・ミュージックがイージー・リスニング化しつつあるとも言える。

─さっき話に出たリアーナの“エアポート・レゲエ”も、そういうBGM的な意味合いを指していたわけですよね。

宇野 そう。その3つの変化が、音楽シーンやアーティストの音作りそのものにも影響を与えているという事実は、今後ますます重要になってくると思いますね。

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