田中宗一郎と宇野維正が語る2017〜2018年の洋楽シーン後編

アトランタが世界のリズム、 北欧が世界のメロディを決めてると言っても過言ではない。(宇野)

─RSのランキングに話を戻すと、ロックについてシビアな話もありましたが、U2が3位、LCDが5位、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジが8位、ザ・ナショナルが11位、セイント・ヴィンセントが18位、ファーザー・ジョン・ミスティが19位と上位に入っています。

宇野 さっきロードの新作にあまりハマれなかったと言いましたけど、要はソングライティングとプロデュースにかかわっているジャック・アントノフの仕事にピンときてないんだと思います。テイラーの新作にも彼が携わってますよね。

田中 その辺りは、2010年代前半を牽引したのがプロデューサーだったっていう歴史的な文脈から見るべきだと思う。ここ10年間はマックス・マーティンという北欧出身のプロデューサーが主導した時代だった――まずそこを押さえなきゃならない。それこそテイラー・スウィフトからウィークエンドに至るまで、ここ数年のビルボードに入っている200曲のうち、8割もマックス・マーティンが関わってた。で、彼が築き上げたスタイルというのがあって。

宇野 トラック&フック・メソッドですよね。

田中 そう。自分自身がソングライターやプロデューサーとして関わりながら、別のソングライターやプロデューサーも複数人交えつつ、トラックを作る人と、その上に乗っかるフック――コーラス(サビ)のメロディを作る人みたいに分業体制によるシステムが2010年代に確立されたんですよ。

─なんで、そんなことをやろうとしたんですか?

田中 そもそも40年代のブリル・ビルディングや、60年代のモータウンから続く伝統の現代版でもあるんだけど。ただ経緯の話をすると、これまた古い話になるけど、90年代前半に渋谷系とスウェディッシュ・ポップが世界的に発見されたでしょ? その前後でスウェーデンが国策としてポップミュージックをサポートし始めた。無料でスタジオが借りられたり、助成金が出るようにして、ソングライターとプロデューサーを育てたんですよ。そういう流れも関係してる。

宇野 今の音楽シーンの見取り図を考える時に、アトランタともう一つどこが重要かといったら北欧なんですよね。アトランタが世界のリズム、北欧が世界のメロディを決めてると言ってもいい。あとはSpotifyがスウェーデンで生まれたのも重要で。これも今となっては非常にクリアだけど、アヴィーチーやカイゴがブレイクした背景にも、Spotifyが推してたことが関係しているんですよね。自国のアーティストをSpotifyがプロモートしたことによって、世界中がハマってしまったという。



田中 その通り。2017年にはEDMからポストEDMという動きもあったけど、それを後押ししたのも北欧で。『Empire 成功の代償』っていうTVドラマがあるでしょ? 主人公のモデルは恐らくジェイ・Zとかドクター・ドレなんですよ。貧しいブラックがラッパーとして大成した後、次世代の3人の息子たちが彼の遺志や遺産をそれぞれどんな風に受け継ぐのか?――そのドラマを『リア王』をモチーフにして描いてるんだけど。そもそも監督のリー・ダニエルズは、白人中心の社会にどう向きあうのか?っていうテーマの映画をずっと撮ってきた人で。

宇野 そうですね。

田中 その『Empire』の劇中で北欧のプロデューサーが登場するんだよね。ナードな風貌の白人2人組が英語じゃない言葉で話してて(笑)。要は、売れっ子の北欧プロデューサーをいくつかのレーベルが取り合うっていうプロットなのね。そうやってドラマでネタにされるくらいだったという背景がある。

宇野 一つ前の時代でいうと、ニーヨを仕掛けたスターゲイトもそうですよね。彼らはノルウェー出身だけど。

田中 そうそう。だから、コールドプレイをUKのインディ・バンドからアメリカのポップ・バンドに生まれ変わらせたのが、他ならぬスターゲイト。で、そういう北欧系プロデューサーの代わりに、存在感を強めたのが、さっき(前編)も名前が挙がったメトロ・ブーミンとマイク・ウィル・メイド・イット。ちなみに、2017年の上半期に一番成功したプロデューサーはメトロ・ブーミンだったっていうニュースもあったでしょ? それはついにマックス・マーティンの時代が終わったことを意味しているんだよね。

─実際に2017年、マックス・マーティンの名前はあんまり見かけなかったですよね。

田中 やっぱりこういう変化って時代の要請だから。そういう流れを受けて、2017年目立った活躍を見せたロック系プロデューサーが、以前はベックのバンドのメンバーでもあり、アデルの「Hello」でグラミーを受賞したグレッグ・カースティン。次いで、ファン.のギタリストでもあり、自らブリーチャーズというバンドを率いているジャック・アントノフ。もう一人はこれもかなり長い間、ベックのバンドでベースを弾いていたジャスティン・メルダル・ジョンソン。彼ら3人も間違いなく2017年の顔だったんじゃないかな。ジャック・アントノフはロードやテイラーだけじゃなく、RSのチャートにも入ってるセイント・ヴィンセントを手掛けたし、ジャスティンの場合はウルフ・アリスを2017年の英国でのNo.1バンドに押し上げることに一役買った。おそらくミドルロードのロック・バンドの中では2017年一番よかったパラモアのレコードも彼の仕事だった。

─かたやグレッグ・カースティンは、フー・ファイターズやベック、リアム・ギャラガーまで手掛けていました。こういったプロデューサーが起用されることになったのは、どういう背景があったのでしょう?

田中 ラップとポップ全盛の時代に売れるレコードを作るためでしょ(笑)。2017年的なサウンドを模索するため。バンドが4人でスタジオ入りして、リフから曲を組み立てて行く――みたいなやり方を根本的に変えるためには、ポップスの方法論を一回取り込んでみませんか?という発想ですよね。特にリアム・ギャラガーみたいにヴォーカリストしては一角だけど、大した曲は書けない人にとってはうってつけだったってことじゃないですか。複数の人たちの力で、メイン・ヴォーカリストに向けたアイデアを広げた方が面白いものが作れる。それを一番最初に実践したのがマルーン5でしょ?

宇野 そうですよね。


U2『ソングス・オブ・エクスペリエンス』
代表作『ヨシュア・トゥリー』30周年リイシュー&ツアーを経て届けられた通算14作目は、エモーショナルでポリティカルなU2節が全開。焦点の定まった音作りが“王道のロック”を蘇らせ、80~10年代それぞれで全米1位を記録するという史上初の快挙を達成した。

田中 その尻馬に乗ったのがコールドプレイ。で、どちらも商業的には世界一のバンドになっちゃった。だから、そこに対する反撃ですよね。ただ、ミイラ取りがミイラになったケースの方が多いんだけど(笑)。でも、U2の新作でさえ、カイゴのリミックスがあってようやくアクチュアリティが得られてるって状況もあって。そもそも50年代から60年代にかけてロックというジャンルがクラシックやジャズを追い越した理由は、それまで使われたことのなかった音色やプロダクションの進化だった。ビートルズがすごかったのはそこでもあるわけでしょ? でも、この10年、ロックはその自らの伝家の宝刀を忘れつつあった。だからこそ、2017年良かったロック・レコードというと、やっぱりスプーンみたいにロックのプロダクションを独自に進化させようとした作品ばかりなんだと思うんですよね。

宇野 U2のアルバムは思った以上に大味だったけど、この最大公約数みたいなものを彼らはやらなければいけないんだな、真剣にやっているんだなって思うと評価をしないわけにはいかない。当然のように、アルバムにはケンドリック・ラマーも参加していて。



田中 彼らが20世紀に残した傑作群には及ばないけど、21世紀になってからはベストだよね(笑)。だから、RSが3位に入れてきたのはよくわかる。やっぱりコールドプレイじゃなくてU2なんですよ。あのラフさ、シンプルさ、ストレートでダイレクトなメッセージ性。紛れもないロック・アルバムだし。

宇野 U2は偉大ですよ。せめてU2くらいは2018年、日本で見たい。

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