田中宗一郎と宇野維正が語る2017〜2018年の洋楽シーン前編

2017年にトラップ旋風を巻き起こしたミーゴス(Photo by Kevin Mazur/Getty Images for Philymack)


ラップを前提としないと、映画やドラマも含めた現在のアメリカ・カルチャー全体が理解できない。(宇野)

宇野 自分が客観的に2017年の一曲を選ぶならリル・ウージー・ヴァートの「XO Tour Llif3」になる。あれってその後のXXXテンタシオンなどの流れにもつながる曲ですよね。マンブル・ラップとか呼ばれてるけど、要は、もごもご喋ってるような、ちょっとルーズで、鬱っぽい感じのラップ。そこにはもはやブラック・ミュージックとしてのヒップホップという文脈はほとんど必要なくなっている。



─お二人がヒップホップに傾倒しているのは把握しましたが、読者はもしかすると「なんでロックじゃなくてヒップホップを聴いてるの?」と疑問に思っているかもしれません。

宇野 こういう文脈を日本のリスナーがどれだけ共有できているのかっていうのは、やっぱり意識して喋らないといけないのかな? 日本ってまともなモダンの時期がなかったのに、80年代にいきなりポスト・モダンとか言い出した国だった。ラップはとっくにポスト・モダン期に入ってるのに、日本ではまだその100歩くらい前の“ヒップホップとは?”みたいなところでずっと止まってる感じですよね。フリースタイルの流行しかり。

田中 KOHH、BAD HOP、ゆるふわギャングときて、それ以降も新世代のラッパーが出てきてるのに、バトルの流行で、ラップまでまたガラパゴス化する可能性が出てきちゃった。

宇野 だから、日本のリスナーはもう一気に今のポスト・モダン期に入っちゃえばいいのにって自分は割と本気で思ってるんですよね。

田中 実際、インドネシアとか中国、東アジアはまさにそんな感じだしね。


中国のラップユニットHigher Brothersと、シカゴのフェイマス・デックスによるコラボ曲「Made In China」。アジア新世代を世界に向けて発信しているプラットフォーム、88risingへの注目も近年高まっている

宇野 僕、2017年の頭にいくつかラジオの番組で「2017年の音楽シーンの展望は?」みたいな質問に対して、「日本でもトラップが流行ると思います」ってトラップの曲を紹介したりしたんですよ。でも、そうすると聞きつけた日本のヒップホップ警察の人たちが、「今さらトラップ?」とか「トラップっていうのはそもそもアトランタのドラッグ・ディールの……」みたいなことを言ってくる※。知っとるわ!(笑)

※トラップはもともと“ドラッグの密売場所”を指す隠語で、アトランタなど南部(サウス)のヒップホップから派生したとされる

田中 (苦笑)。

宇野 Kダブシャインさんにも「でも、今のラップのメンタリティって“livin’ rich and dyin’ broke”に尽きるでしょ?」って言ったらラジオで怒られた(笑)。「それじゃダメなんだよ」って。いや、それは正論ですよ。この“livin’ rich and dyin’ broke”ってフレーズは2017年に発表されたジェイ・Z「The Story Of O.J.」のリリックで、そこでは否定的なニュアンスでラップされてるわけだけど。でも、そういう刹那的なライフスタイルに黒人だけじゃなくて白人もすっかり魅了されているから、現在のラップ全盛の状況がある。

日本でずっとヒップホップを広めるべく仕事をしてきた方たちに対しては、実演者だけじゃなくて紹介者も含め、とても敬意を抱いてます。でも、その一部が閉鎖的なトライブみたいになってしまっていて、抑圧的に機能しているように感じることが2017年はよくありました。自分は、音楽マーケット全体の中でヒップホップがマニアックなものとして存在していた時代のルールとは違うやり方、違う文脈もそろそろ持ち込まなきゃいけないと思ってるんです。なぜかというと、今はラップを前提としないと、映画やドラマを筆頭とする現在のアメリカのカルチャー全体が分からなくなってしまうところまできているから。



─なにせ一番売れてるジャンルになったんですものね。

田中 というか、分断や格差、差別やエキゾティシズムっていう今日的な命題にきちんと向き合っているのが音楽、映画、ドラマ、文学問わず、ブラック・コミュニティ発の表現だってことだと思うんですね。ただ、それ以前の大前提として、2010年代半ばから今というのは、ポップ・ミュージック全体にとって素晴らしい収穫の時期だったんだけど、そのこと自体が日本ではまったく共有されていない。で、その中心にラップ・カルチャーがあったということ。実際、このRSみたいな68年のサマー・オブ・ラブの熱狂から生まれた老舗ロック・メディアでさえ、ここ数年はきちんとそれを伝えていたんだけど。

宇野 実は日本のミュージシャンにも、一生懸命ヒップホップを勉強してきた世代とは違う、トラップ以降のリズムやライムの感覚を自然に体得している世代が台頭してますよね。その世代はメディアに出てくる機会は限られているけど、日本でも現場ではもういろんな変化が起こっている。

田中 で、ここ数年のアメリカのポップ・カルチャーで、ラップやヒップホップの存在感が大きくなったのは、ひとつには音楽的なイノベーションがあったから。やっぱりトラップですよね。まずはビートが大きく変わった。それによって次に何が起きたかというと、ヴォーカルメロディのフロウや歌詞のデリバリーが、オールジャンルで急速に進化したんです。ビートが遅くなったことで、いくらでもラップやメロディを細かく刻めるようになったから。つまり、2017年はメロディが進化した年だって見方もできる。だから、ただ単に「海外でラップが流行ってるよ!」っていう話ではなくて、そこを起点にまたポップ音楽が抜本的に新しくなったってことなんですよね。

─ヒップホップの文脈を押さえておくと、最近のポップ・ミュージックがもっと楽しめるということでしょうか。

宇野 というか、そこの文脈がないと、今のポップ・ミュージックがわからないと思う。まあ、こうして文字にするまでもなく、若い世代は身体感覚としてわかってる人も多いだろうし、それで全然いいんですけど。

田中 ゼロ年代はUSインディが世界的にチャートを席巻して、2010年代初頭はレディー・ガガを筆頭にフィメール・ポップが台頭してきたでしょ。そこで、例えば、テイラー・スウィフトの「We Are Never Ever Getting Back Together」(2012年)を例にとると、この曲は基本的に3つのコードのループで作られてる。カントリー歌手だった彼女がポップに転向するために、ヒップホップのフォーマットに則って新しいものを作ったんだよね。



宇野 それこそ日本だと、90年代の終わり頃はヒップホップとテクノがゴチャ混ぜに語られることも多かったけど、UNKLEやDJシャドウと一緒にやっていた時代を経たからこそ、今でもレディオヘッドは特別な存在として残ってるんだと思うし。

田中 2017年はレディオヘッドの『OKコンピューター』20周年の年だったでしょ? で、実は彼らは当初、あのアルバムを作る際にドクター・ドレにプロデュースを頼みたかったっていう。今、聞けば納得なんだけど、その辺りの視点がずっと日本ではスッポリ抜けてしまったところがあって。

宇野 当時は単に“レディオヘッドがテクノに接近!”みたいな話になってましたもんね(笑)。その一世代前のストーン・ローゼズだって、1stアルバムの頃からイアン・ブラウンはヒップホップしか聴いてないような人だったし、ゴリラズのデーモン・アルバーンも今や完全にそっち側の人。これは自戒を込めて言いますが、そのあたりのことを、当時まだ洋楽がメチャクチャ日本でも売れていた時代の音楽ジャーナリズムは完全にスルーしてきちゃったんだよね。

今になってみれば明らかだけど、90年代以降のロックやポップスで今でも聴ける、つまり耐用年数のあるロックやポップは、それこそ日本の安室奈美恵でも小沢健二でもそうだけど、そのほとんどがヒップホップをキャリアのどこかのタイミングでちゃんと咀嚼してきた人たち。それは、メインストリームの音楽だけじゃなくて、ジャズでもそうですよね? だから、ラップの話ばかりしているように思われるかもしれないけど、それは他のジャンルの音楽の話と全部つながっているんですよ。

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