ケヴィン・シールズ日本独占インタビュー前編、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインが提示する「新たな音響体験」の真相

ケヴィン・シールズ、2013年2月のマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン大阪公演にて(Photo by Takanori Kuroda)


新たに明かされた、『Isn’t Anything』と『Loveless』の制作背景

─確かに、『Loveless』は聴くたびに新たな発見があるし、実際多くのバンドに計り知れない影響を与えました。でも個人的に思うのは、『Loveless』はみんなこぞって真似しようとして、フォロワーもたくさん生まれましたが、今となっては『Isn’t Anything』の方が奇妙で、孤絶していて、追従する作品が一つもないということなんです。おそらくダイナソーJr.やソニック・ユース、パブリック・エネミーなどの影響下にあったとは思うのですが、そのどれとも違う作品になっているのはなぜでしょう。

ケヴィン まず、1988年くらいまでに僕らの周りにいたバンドっていうのは、バンドをやること自体もそうだけど、音楽も一つのゲームというか、「お遊び」みたいな感じでやっていたと思うんだよね。アイディアやコンセプト重視のバンドや作品もたくさんあったし。で、88年あたりからそれがだんだん崩壊してきて、「僕らもそろそろMBVという馬鹿げた名前を変えて、新しいことでもやろうか」って話していた。たまたまクリエイションから2週間のツアーを言い渡されていたので、なんとか持ちこたえていたようなものだったんだよ。で、88年の春にスタジオに入って、『You Made Me Realise』というEPを作ったのだけど、あの頃の僕らはそんな感じで結構投げやりだった。「もういいや、好きなことだけやろう」「やりたい事だけやるんだ」って。結果的にそれが、このバンドに今までなかったアティチュードをもたらした気がする。

─そうだったんですね!

ケヴィン それで1988年の夏に、およそ2、3ヶ月でレコーディングしたのが『Isn’t Anything』なんだけど、アルバムの中の半分くらいの曲は、11日かそこらで作っちゃったんだ。その勢いで、『Feed Me With Your Kiss』というEPも出来上がったんだよ。あれ、質問と答えが違っているかも知れないな。ごめん(笑)。

─大丈夫です!

ケヴィン サウンド面では、「You Made Me Realise」のレコーディングでトレモロ奏法(トレモロバーを握りしめたままギターをストロークするという、ケヴィンが編み出した独自の演奏法)を使いまくったのも大きいね。それと、スタジオの時間を自由に使えたことで、新しいサウンドが生まれやすくなっていた。



─続いて『Loveless』ですが、このアルバムが完成までに時間がかかったのは、数々の実験、トライ&エラーを繰り返しながら暗中模索で作っていたからだと言われてきました。しかし最近のインタヴューによれば、このアルバムのイメージはすでに最初からあなたの頭の中にあったとか。それは本当の話ですか?

ケヴィン そうだね。最初はもう、やる気満々でスタジオに入ったんだけど、考えが先走っていたというか、リソースが付いてこなかった。しかも、スタジオに入ってすぐコルム(・オコーサク:ドラムス)の具合が悪くなり、数週間のうちにどんどん悪化していったんだ。やりたいことが進まなくなり、病気の治療でお金の余裕もなくなって……。ただ、君が言ったように『Loveless』のアイディアは、(最初から)僕の頭の中にたくさん詰まっていた。出鼻を挫かれた形にはなったけど、なんやかんやベーシックトラックのレコーディングまでは、最初の2ヶ月で終わっていたんだよね。「さあ、あとはオーヴァーダビングを残すのみ」ってところまで来た。僕の中の見取り図というのは、それも含めた最終形だったんだ。

─ただ、そこから先が長かったと。

ケヴィン とにかく、オーヴァーダビングにものすごく時間がかかってしまった。きっと画家もそうだと思うんだけど、まずスケッチを描くよね。で、「だいたいここに、こういうモチーフを入れて……」っていうのを考えてから色を塗っていく。その、色を塗る作業……自分の頭の中にある色を、どうやって再現するかがとにかく大変だったんだ。脳内で鳴っているサウンドと、スピーカーから鳴っているサウンドを聴き比べながらの作業が、もう、すごく、遅々としたものになってしまったわけ。最初に言ったように、ガイドとしてのフレームワークは常に頭にあったんだけどね。

─ケヴィンの思い描く最終形がわからない人たちからしたら、「一体この人は何をやってるんだ?」って感じだったんでしょうね。

ケヴィン あ、今思い出したけど「Sometimes」だけは後から作った曲だ。最初の2ヶ月である程度の形は出来たって言ったけど、1989年9月の段階で枠組みはほぼ完成していて、「Sometimes」だけ1991年2月に作ったんだ。

─自分自身を触媒として、音楽が「降りてくる」ような感覚ってありますか?

ケヴィン 放っておけば湯水のように音楽が流れ出す時は、自分自身が触媒だと感じられるかな。いいものがスルッと出てくれば本当に何も無理することなく、待っていれば「降りてくる」っていう感覚になる。基本的にはその、何かが自分を介して通り抜けていく瞬間を待っているよ。無理にそれを引きずり出そうとせずにね。でも、時にはスタジオに入っても一向に「降りて」こなくてさ、4時間くらい喋るだけ喋って、それで家に帰る時もある(笑)。かと思えば12時間とか20時間とか、とにかく音を出しまくって絞り出す時もある。そんな時は、自分が触媒になっている気はしないよね。

(後編に続く)



SONICMANIA 2018
2018年8月17日(金) 千葉・幕張メッセ
http://www.sonicmania.jp/2018/

マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン OFFICIAL HP
https://www.mybloodyvalentine.org

Translated by Kazumi Someya

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